
SOMPO美術館ではロートレック展が開催。会期は2024年6月22日から9月23日まで。初日には100人以上が開館を待って列をなし、その熱気は冷めない。毎日美術館の前を通るが、2週間以上たった今でも、開館30分前にはすでに行列ができている。素描やポスターなど、約240点もの作品が一挙に来日。このボリュームは贅沢。上野で開催中のデ・キリコ展と同様、一人の画家に焦点を当てた展覧会は、実はそう多くない。
ロートレック展 時をつかむ線

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは梅毒やアルコール依存症などを患い、脳出血により36歳で没したフランスの画家。Kindleの画集を持っており、タブローは好きだが、ポスターに関しては1枚も好きなものがなかった。果たして印象が変わるか。各階で撮影OKの作品がある。全部で6枚くらい。企画展名が「時をつかむ線」となっているが、あまり感じない。

4階へ降りる階段の壁には作品を模ったPOPの案内。キャバレーの音楽が鳴り、面倒くさい下山の気分を和らげてくれる。
企画展のメインビジュアルは3階に集結。

《エルドラド、アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレにて》は、歌手ブリュアンのために描かれたポスターである。黒い外套と帽子、真紅のマフラー、鋭い横顔という最小限の要素で、彼の強烈な個性を表現している。
背景の黄と紺の分割や観客のシルエットは、視線をすべてブリュアンへ集中させる効果を生んでいる。この作品は肖像と広告を融合させ、ブリュアンを単なる歌手から時代の象徴へと押し上げた。極端な簡略化と大胆な構成により、ロートレックはポスター芸術を革新し、記憶に残るイメージを創造した。
《ジャヌ・アヴリル》

ロートレックが描いた《ジャヌ・アヴリル》は、ムーラン・ルージュで活躍した人気ダンサーを題材とするポスター。
アヴリルは虐待や舞踏病の発作に苦しみながらも、それを独自の踊りへと昇華し成功を収めた。彼女は美人として知られたが、ロートレックは美貌を写さず、舞台上の存在感や異様さを強調した。人物を戯画化することで、退廃的な雰囲気と個性を観客の記憶に焼きつけた。
構図ではコントラバスの曲線が視線を導き、怪物的に誇張された楽器や演奏者が音楽のうねりを表現する。顔は簡略化され、舞台の仮面のように描かれることでスターの象徴性が際立つ。この過剰な表現によりアヴリルは舞台のアイコンとして定着し、広告としても圧倒的な効果を発揮した。

東洲斎写楽の大首絵は誇張することでスケール感を出し、見事にリアルを超えた。ロートレックは生々しい肉感を消している。魔女のよう。アニメキャラの先駆けであり、人物に匂いがない。写実が持っている重力からの自由。
《『ラ・ルヴュ・ブランシュ』誌のためのポスター》

最初の印象は、派手さがなく意外なほど静かな作品だということだった。しかし近づいて見ると、その「平凡さ」の裏にある計算の巧みさに気づかされる。白地を大胆に残した背景は雑誌名「blanche(白)」と響き合い、女性の細長いシルエットや青い水玉のドレスを引き立てている。帽子にあしらわれた羽根や赤い花模様などの控えめな装飾は、視線を自然に誘導し、画面全体に上質な緊張感を与えていた。派手な色彩や誇張を避けながら、知的でモダンな雰囲気をしっかりと伝えており、広告でありながら芸術性を失っていないのが印象的だった。同じ展示室にはボナールのポスターも並んでおり、黒とベージュの強烈なコントラストで迫るその作風と比べると、ロートレックの作品は「静かな洗練」で雑誌の顔を描き出していることが一層際立って見えた。
美術館のポスターには「ほら、劇場(キャバレー)の喧騒が聞こえる」とあるが、ロートレックのポスターには音がない。もっと自由だ。絵に重力がない。だからポスターとしては受け入れやすい。
来日していないロートレックの絵画
ロートレックは娼婦といった世間から差別されている職種の人々を描いてきた。仕事の様子ではなく、それ以外の時間。日常を描いた。ありのままの生命力を描いた。娼婦の仕事を賛美するのではなく、きちんと人間として扱う。それが真のアートであると教えてくれる。
ロートレックが描いたゴッホの肖像画が素晴らしい。画家でも狂人でもなく、ありふれたひとりの青年を描いているからだ。残念ながらゴッホ美術館を訪れたとき展示されていないかった。
美術館メシ
三時のおやつにミュージアムカフェ《Café Du Musée》。キャメルラテ+レモンケーキ600円。次にカフェに来るのは10月。『カナレットとヴェネツィアの輝き』で逢おう。
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