
2025年3月7日、金曜日。ここ最近の新宿の荒れた天気が嘘のように快晴。風は強く、気温は10℃を下回るものの、澄み渡る青空に心が軽くなる。昨日、長らく執筆してきた「雪山と温泉」の本が完成。電子書籍化を前に、わずかな空白の時間が生まれた。美術館に行ける。

10時まで仕事を片付け、山手線に乗り込んだ。向かうは東京都美術館。SOMPO美術館の年間パスポートを除けば、人生で最も訪れた美術館。運営元が東京都なので、圧倒的な財力を誇る。ブリューゲルの《バベルの塔》、モネの《印象、日の出》を招聘。昨年は、名前すら知らなかった ジョルジョ・デ・キリコ展に衝撃を受けた。いつもアートの新しい扉を開いてくれる。国立西洋美術館と並び、日本の「美都」上野の中核を担うミュージアムだ。

目指すのは ジョアン・ミロ展。カタルーニャ地方出身のミロは、ピカソやダリと並び称される近代スペインの三大画家。ハーモ美術館、ポーラ美術館で作品を前にしていたが、その魅力を掴みきれなかった。

今回は初期作から晩年作まで一堂に会する大規模な企画展。ここでなら、ミロの世界とじっくり対話できる。そういえば、幼稚園の頃、ネスレ・ミロという大麦飲料をよく飲んだ。ミロの名を聞けば久しぶりに飲みたくなった40代は多いはずだ。
作品展示、空間デザイン



会場は広々としながらも、作品同士の距離感が絶妙で、鑑賞者がスムーズに移動できるようになっている。先日まで国立西洋美術館で開催された「モネ、睡蓮」は養鶏場のように肩をくっつけての鑑賞で地獄だったが、ゆとりがある。
ミロの大型作品も、遠くからの視認性を確保しつつ、近くで細部を味わえる配置。立体作品も空間の中心に置かれ、360度どこからでも鑑賞可能。


立体作品は正面と背後の両方から観る。より味わいが深くなる。東京都美術館は、作品が語りかける力を引き出す「舞台」としての役割が相変わらず凄い。
ミロ展
《自画像》

ミロ展のトップバッターは、自画像。デ・キリコ展と同じく、最初に画家自身と向き合う構成。油彩/カンヴァス、73×60cm。所蔵は国立ピカソ美術館。ミロ自身が敬愛するピカソを訪ね、売り込んだといわれる一枚。
作品を創ることは、後悔を背負うこと。ミロはその後悔と真正面から向き合い、静かに闘っている。画家は哀しみを宿す生きもの。しかし、哀しみの中にはやさしさがあり、やさしさには力強さが宿る。ミロの眼差しが物語っている。
《スペインの踊り子の肖像》

2枚目は、ピカソが気に入って所蔵した《スペインの踊り子の肖像》。油彩/カンヴァス、66×56cm。 タイトルがなければ踊り子とは思えない。どこか親しみを感じるスペインのふくよかな女性。田舎の駄菓子にこんなおばちゃんがいる。ミロは上半身だけを描き、踊り子の命である脚や下半身を封印した。何を感じるかは、あなた次第だと言わんばかりに。この絵は眼が躍っている。服が踊っている。髪が踊っている。
《シウラナの小径》

マドリードの美術館に所蔵される《シウラナの小径》、油彩/カンヴァス 60.6×73.3cmは、ミロを象徴する一枚。
1910年代にミロが描いた、スペインの小村モンロッチの風景画。画家を目指す以前の、まだ何者でもない情熱が色彩とタッチのうねりとなって広がる。
子どもにしか描けない、だが、子どもには描けない。筋肉のように筆致が躍動し、色彩が芽吹こうとしている。乾いた空気をそのまま描くのではなく、乾かすことで潤いを生み出す。ミロの絵は、色彩という肥料をカンヴァスに蒔いている。この作品と並び、《モンロッチの瓦工場》も大傑作。
《オランダの室内Ⅰ》

展覧会の白眉、圧倒的な一枚。ニューヨークに所蔵される《オランダの室内Ⅰ》、油彩/カンヴァス 91.8×73cm。
これまで目にしてきた作品も確かに素晴らしかった。しかし、この絵の前に立つと、それらが一瞬にして凡庸に思えてしまう。
凹凸もない、完璧な平面。しかし、真正面を向いているようで、背面のよう。様々なカラーが躍るが、緑の力はここまで強烈なのか。
何が描かれているのか、どう描かれているのか—そんなことは重要ではない。ただ、そこに存在している。ミロの頭の中に、心の中に息づくもの。それこそが、現実よりも強靭で、豊穣なのだ。
《明けの明星》

階を上がると〈星座〉シリーズ。その中のいちまい《明けの明星》。グアッシュ、油彩、パステル/紙、38×46cm。現在はバルセロナに所蔵されている。
はっきりとした形もなければ、輪郭の際立つ色彩もない。しかし、ミロが滲み出ている。情感が、画面の隅々から溢れ出している。
自然を描くことは、自らを描くこと。詩には形式も文法も方程式もない。絵画も同じ。明確な構図や色彩を持たなくても、滲み出るものがる。ミロの作品の中でも、ひときわ詩的な一枚。星座シリーズは、《女と鳥》、《カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち》も秀逸。

撮影OKの晩年作は、駆け足で見ていこう。素晴らしい作品が多いが、全盛期の力強さと比べると、どうしてもパワーの違いを感じる。

それでも驚くべきは、ミロの眼差しの純度が一切変わらないこと。最初から少年のような澄んだ眼を持っていた。画風は変化し、技法も進化を遂げ、新たな可能性を追い続けた。その果てに、地位も名声も手に入れた。「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」。ダーウィンの言葉を体現するような画家人生だった。それでも、眼差しは最初から最後までエル・ドラドだった。STAY GOLDだった。

ミロの作品に漂う後悔、哀しみ、やさしさ。ヘミングウェイと共鳴する匂いがある。ミロは常に戦っていた。様々なものと。成功の影に、数え切れない失敗や後悔があったはずだ。それでも描くことをやめなかった。90歳まで生き続けた。その筆の流れは、令和の我々が見届けている。
成功者を見ると「そのやり方を真似すれば自分も成功できる」 と思いがちだ。しかし、成功者の多くは、誰もが登れる整備された道ではなく、未踏の険しいルートを選び、考えられないほど低い確率の勝負を乗り越えている。
それでも成功に至ったのは、正しい方法を選んだからではなく、絶望的な状況でも筆を止めなかったからだ。表面的なノウハウではなく 「何があっても続ける意志」 。ジョアン・ミロも、まさにそうだったはずだ。学ぶべきは、成功へのルートではなく、それを貫く覚悟なのだ。
ミュージアムショップ

ミュージアムショップには、ミロの絵画をモチーフにしたポストカードやポスターはもちろん、故郷カタルーニャ地方の特産品やスペイン関連のグッズが並ぶ。

スペインを代表するスパークリングワイン、カヴァのラインアップ。ワインを引き立てる美しい食器も揃い、食卓に彩りを添えてくれそうだ。

ユニークな食品も充実。キャビア風味のポテトチップス、日本ではなかなか見かけないアンチョビ入りのグリーンオリーブを購入し、帰宅後ワインとともに楽しんだ。ミロの色彩と情熱が、その味わいにも重なる。
美術館メシ:レストラン ミューズ

カジュアルに料理を楽しめる「RESTAURANT MUSE」。東京都美術館の2階にあり、洋食を中心に、和食や丼もの、蕎麦、アラカルトメニュー、キッズメニュー、アルコールまで幅広く揃う。

店内は南北の壁面がガラス張りになっており、明るく開放的。料理を味わいながら、美術館のエスプラナード(散歩道)や公園の四季折々の風景を眺められるのも魅力。

ナポリタン(1,400円)は、ぷりぷりのエビがアクセント。見た目はあっさりしているが、口に運ぶと濃厚な味わいが広がる。シンプルながら奥深いこの味、自宅でも再現してみたくなる。
ジョアン・ミロ-自由を求めた画家
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ジョアン・ミロ(1893-1983)は、20世紀美術を代表するスペインの画家・彫刻家であり、シュルレアリスムの巨匠の一人として知られている。ミロの作品は、明るく大胆な色彩、単純化された形、そして幻想的なモチーフが好まれ、独自の詩的な世界を生み出した。ピカソやダリと並ぶスペイン近代美術の三大巨匠と称される。
バルセロナからの出発
ミロは1893年、スペイン・カタルーニャ地方のバルセロナに生まれた。父は金細工師で、手仕事に囲まれた環境で育つ。幼少期から絵に興味を持ち、やがてバルセロナの美術学校に進学。しかし、家族の期待とは裏腹に、伝統的な美術教育には馴染めず、より自由な表現を求めるようになる。
1911年、18歳のミロは過労によって大病を患ったことを機に、一時バルセロナ郊外のモンロッチ村で療養生活を送る。ここでミロは自然と向き合い、のちの作品に影響を与える色彩感覚を養う。やがてモンロッチやシウラナの風景を描く作品を制作し、力強い色彩とダイナミックな筆致で評価を受けるようになった。
パリ時代とシュルレアリスムへの接近
1919年、ミロは芸術の中心地であるパリへ渡る。ここでピカソと出会い、交流を深める。初期のミロの作品は、野獣派と呼ばれるフォーヴィスムやキュビスムに近いものだったが、次第にシュルレアリスムの潮流に惹かれていく。
1924年、アンドレ・ブルトンがシュルレアリスム運動を提唱すると、ミロもこれに共鳴し、夢や無意識の世界を表現する試みを始める。代表作《オランダの室内》シリーズでは、平面的な構成とデフォルメされた形が特徴的で、絵の中に異世界が広がっているかのような不思議な空間を生み出した。
シュルレアリスムの詩人たちとも交流し、詩的な感性を磨いたミロは、独自の象徴的な言語を生み出していく。彼の作品に頻出する「星」「月」「鳥」といったモチーフは、この時期に確立されたもの。
戦争と〈星座〉シリーズ
1930年代、スペイン内戦が勃発し、祖国は混乱の渦に巻き込まれる。ミロはフランスへ逃れながら制作を続け、戦争という現実を前にしても、彼の絵には希望と詩情が満ちていた。1940年、フランスがナチス・ドイツに占領されると、彼は南フランスへ移り、ここで〈星座〉シリーズを制作する。
〈星座〉シリーズは、夜空に浮かぶ星や生き物のような形が絡み合い、宇宙のリズムを感じさせる作品群である。グアッシュやパステルを用いた淡い色彩が幻想的な雰囲気を生み出し、ミロの詩的な世界観が極まった作品とされる。
晩年と彫刻への展開
戦後、ミロの創作活動はさらに多様化し、絵画だけでなく彫刻や陶芸にも挑戦するようになる。彼は「絵画の破壊」とも言えるほど、大胆な抽象表現へと突き進んだ。1960年代には、キャンバスに直接火をつける「燃える絵画」など、実験的な手法を取り入れた。晩年の作品は、ますますシンプルな線と色面で構成され、余分なものを削ぎ落とした純粋な表現へと向かっていく。彼の創作は、死の直前まで衰えることがなかった。
ミロの遺したもの
1983年、ミロは90歳でこの世を去った。作品は、今なお世界中の美術館で愛され、多くのアーティストに影響を与えている。バルセロナには「ミロ美術館」が設立され、彼の作品や資料が一堂に集められている。
ジョアン・ミロの芸術は、決して一つの枠には収まらない。シュルレアリスムでありながら、フォーヴィスムの色彩感覚を持ち、抽象画のような簡潔さも併せ持つ。そして何より、彼の作品は「自由」を体現している。夢と現実、形と無形の狭間を行き来しながら、見る者の想像力をかきたてるミロの絵。その筆の軌跡は、これからも多くの人々の心に残り続ける。
ミロの作品がある美術館
諏訪湖のほとり「ハーモ美術館」
箱根の森に佇む「ポーラ美術館」
東京の美の塔
過去の東京都美術館の企画展
日本の美術館ランキング
東京のおすすめ美術館