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アンリ・ルソー《飢えたライオン》〜森に潜む儀式、沈黙する共同体のジャングル劇場

アンリ・ルソー《飢えたライオン》

  • 原題:Le lion ayant faim se jette sur l'antilope
  • 英題:The Hungry Lion Throws Itself on the Antelope
  • 別題:飢えたライオンは身を投げ出してカモシカに襲いかかる
  • 作者:アンリ・ルソー
  • 制作:1905年
  • 寸法:200 cm × 301 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:バイエラー財団(スイス)

《飢えたライオン》は1905年にアンリ・ルソーが描いた油絵。夕陽に照らされた濃緑色のジャングルでライオンがカモシカの頸に深く噛みついている。森の中では、ヒョウやフクロウなどが、この光景を見守っている。

この絵は、現在、スイス・バーゼル郊外リーヘンのバイエラー財団美術館に所蔵されている。200×301cmの横長の大作で、ルソーのジャングル絵画の中でも最大級に属する。

初公開は1905年のサロン・ドートンヌ(秋季サロン)。会場はパリ・グラン・パレ。ルソーは無審査のアンデパンダン展の常連だったが、《飢えたライオン》は審査に合格し、正式にサロンに展示された。

このとき、マティスやドランらが鮮烈な色彩の作品を出品し、批評家がを「フォーヴ(野獣)」と呼んだ伝説の展覧会である。ピカソが初めてルソーの絵画を観たときであり、批評家たちの評価は賛否わかれたが、マティスらよりもルソーを称賛した。

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原田マハは著書『楽園のカンヴァス』のなかで、「抵抗のすべのない処女を乱暴する野蛮な男さながら。舞台背景のごとく奥行きのない画面の真ん中に、太陽が無慈悲に落ちていく。まるでフレスコ画のようだ。中世のタペストリー、あるいはロマネスクの祭壇画か」と書いている。

絵画レビュー:アンリ・ルソー《飢えたライオン》

原田マハが「バージンをレイプする乱暴な男」と評したのは言い得て妙である。この作品は、古代の村落社会に伝わる「支配と犠牲」である。詩人アポリネールの言葉を借りるなら、ルソーが描いたジャングルは、古代メキシコのアステカ人の土地である。

ライオンは砂漠やサバンナの王であり、鬱蒼とした熱帯の森に生息しない。しかしルソーは、あえてジャングルの処女林にライオンを置いた。そこには「権力者の村長に娘を差し出す」という古代の慣習が透けて見える。捕食は、食欲ではなく性欲の象徴であり、ライオンは獲物に噛みつくことで、力による支配と暴力的な欲望を体現している。

周囲でじっとその光景を見守るヒョウやフクロウの存在も際立つ。助けようとせず、ただ傍観している。そこには「知っていながら沈黙する共同体」が重なる。犠牲になる少女を哀れに思いながらも、誰も声を上げない。もしかしたらヒョウは、このあと、おこぼれにあやかるのかもしれない。残骸を貪り食うのかもしれない。その静かな呼吸と緊張を、ルソーは画面全体に閉じ込めている。

《飢えたライオン》は、単なる自然描写ではない。そこには「権力者による暴力」と「社会の沈黙」が潜んでいる。緑の森は閉ざされた村社会を思わせ、血の赤は隠された慣習の犠牲を告げる。ルソーのジャングルは、人間社会の弱肉強食を映し出す舞台なのである。

 

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