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アンリ・ルソーは「ジャングル」をなぜ描いたのか?代表作にみる空想の森と内なる夢

MoMAのルソー《夢》

アンリ・ルソーの「ジャングル」は、鮮やかな色彩、細部まで描き込まれた葉群、闇からのぞく動物が静かに迫る。だがルソーは一度も熱帯の森を旅していない。なぜルソーは執拗にジャングルへ向かったのか。どのように素材を集め、どんな物語を潜ませたのか。代表作を手がかりに、その仕組みと魅力を解き明かす。

まずは眼で楽しむアンリ・ルソー「ジャングル」の代表作7選

《飢えたライオン》

アンリ・ルソー《飢えたライオン》

  • 原題:Le lion ayant faim se jette sur l'antilope
  • 英題:The Hungry Lion Throws Itself on the Antelope
  • 別題:飢えたライオンは身を投げ出してカモシカに襲いかかる
  • 制作:1905年
  • 寸法:200 × 301 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:バイエラー財団(スイス)

夕陽に染まる濃緑の密林で、ライオンがカモシカの頸に噛みつく。周囲ではヒョウやフクロウが沈黙の観客のように見守る。横長200×301cmという最大級のスケールが、森の“息”ごと画面に閉じ込めている。

初公開は1905年のサロン・ドートンヌ(パリ・グラン・パレ)。この年、マティスやドランの強烈な色彩が“フォーヴ(野獣)”と呼ばれ、ピカソも会場でルソーを初めて目にした。批評は賛否分かれたが、マティスら以上にルソーを称えた声もあった。

ライオンを“森”に置く不自然さは、古い共同体の「支配と犠牲」の寓意を呼び込む。噛みつく牙は食欲よりも支配衝動の象徴で、傍観する獣たちは“知りつつ沈黙する社会”を映す。血の赤は秘儀の印、緑の森は閉ざされた村落。ルソーは弱肉強食と沈黙の合唱を、一枚の舞台にした。

《蛇使いの女》

アンリ・ルソー《蛇使いの女》

  • 原題:La charmeuse de Serpents
  • 制作:1907年
  • 寸法:167 × 189.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:オルセー美術館(パリ)

月明かりの湖畔に黒いシルエットが立ち、笛を吹く。蛇は舞台袖からにゅるりと現れ、草は拍手をこらえるように固まる。葉は均質に並び、切り紙の平面性が「静かな運動」を生む。
本作はロベール・ドローネーの母の依頼作で、彼女のインドの思い出話が下敷きになった。

奏者の顔は闇に溶け、人物なのか精霊なのか判然としない。赤いフラミンゴは炎の差し色、月は冷ややかなスポットライト。音は見えず、しかし確かに聴こえる。恐怖と魅惑の境目で、観る者の背骨がそっと緩む。ルソーの想像力が結晶した夜の劇場だ。

《美女と野獣》

アンリ・ルソー《美女と野獣》

  • 英題:Beauty and the Beast
  • 制作:1908年
  • 寸法:32 × 41 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

ルソーの中でも異色の一枚。《美女と野獣》と題されるが、ディズニーではなく、ズーフィリア(動物性愛)を主題にした春画的情景。

女性は狼のような獣に絡め取られながらも微動だにせず、左手の小さな鏡で自らの顔を確かめる。ナルシシズムの冷静さが、かえって獣心を昂らせる。官能と滑稽が交差し、見る側は“写っていないもの”までも想像してしまう。

異種交わりの図像は神話のレダと白鳥、日本では北斎《蛸と海女》にも遡る。ルソーはその系譜を独学の筆致で受け止め、禁忌と可愛げのあわいに小さな地震を起こしている。

《大豹に襲われる黒人》

アンリ・ルソー《大豹に襲われる黒人》

  • 原題:Un nègre attaqué un léopard
  • 制作:1910年
  • 寸法:162.5 × 116 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:バーゼル美術館(スイス)

晩年に連作した“人と獣の対決”の一作。題名は激しいが、画面にはどこかのどかな気配が漂う。動物園の飼育員とヒョウが戯れる写真(写真集『野獣たち』)が元ネタとされ、命がけの闘いが“じゃれ合い”へ転調している。

黒人は真っ黒なシルエットで、感情の表情は消されている。襲う/襲われるの関係が溶け、すべてが“ジャングル・オーケストラ”の拍に従っているかのようだ。赤い太陽は血ではなく照明。怖いのにどこか可笑しい。

ホラーでもサスペンスでもなく、原始のダンスを見ている感覚になる。

《異国風景 - 原始林の猿》

アンリ・ルソー《異国風景 - 原始林の猿》

  • 原題:Les singes dans la foret viêrge
  • 制作:1910年
  • 寸法:130 × 162 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ノートン・サイモン美術館(アメリカ)

青空の下、橙の果実が鈴なりに輝き、猿がもぐもぐと頬張る。表情は乏しいのに、なぜか可愛い。ちょっと怖いが、やはり可愛い。その“間”こそルソーの魔法だ。

葉は一枚ずつ丁寧に描かれ、理科の教科書の挿絵のように規則的で不自然、それゆえに夢の静けさを帯びる。
想像の森は現実より生き生きして見える。果実は光の粒になって画家の心を照らし、猿はルソーの分身のように、甘く少し苦い“芸術の味”をむしゃむしゃ食べている。

《馬を襲うジャガー》

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》

  • 英題:Jaguar Attacking a Horse
  • 作者:アンリ・ルソー
  • 制作:1910年
  • 寸法:116 × 90 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:プーシキン美術館(ロシア)

晩年の“対決”主題の中でも特異な緊張を湛える。白馬とジャガーは絡み合い、ダンスか交尾にも見える曖昧な抱擁を交わす。血飛沫も悲鳴もないのに、じわじわと不安が滲む“静かな瞬間がいちばん怖い”タイプのホラーだ。

周囲の植物は観客席のように二匹を取り囲み、同時に闘いごと飲み込もうとする。青空は嘘のように平和で、前景では弱肉強食が音もなく進行する。

草の密度、無表情、整いすぎた構図。“やさしい悪夢”という表現がよく似合う。

《夢》

アンリ・ルソー《夢》

  • 原題:Le Rêve
  • 英題:The Dream
  • 作者:アンリ・ルソー
  • 制作:1910年
  • 寸法:204.5 × 298.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)

ルソー絶筆、ジャングル連作中の最大作。密林の只中にソファが置かれ、裸婦と笛吹き、猿・鳥・象・蛇・ライオンが夢の呼吸で共存する。来日経験はなく、観るにはMoMAへ行くしかない。

貧困で大型カンヴァスもままならぬ中で描かれ、完成の約半年後、1910年9月2日に画家は亡くなる。絵には自作の詩も添えられ、「美しい夢のなかのヤドヴィガ」が笛の音を聴く情景が歌われる。ヤドヴィガの実在は不明で、かつての恋人説や当時恋した女性説がある。

ルソーの森は凶暴さを失わないまま、恐怖を強要しない。裸婦は左手をそっと差し伸べ、しかしどこにも届かない。夢は“届かない”から夢であり、だから導きになる。現実から逃げるためではなく、現実を見返すための余白。ルソーは答えを与えず、その沈黙の豊かさだけを置いていく。

なぜ描いた? ルソーがジャングルに行ったことがないという「真実」

インスピレーションの源泉は「パリ市内」

アンリ・ルソー《虎と水牛の戦い》1908年、クリーブランド美術館

アンリ・ルソーは生涯に20点以上の「ジャングル絵画」を制作した。ルソーのジャングルは、実地の観察ではなく、主にパリ植物園(ジャルダン・デ・プラント)や自然史博物館で得た知識をもとにしている。温室に生い茂る熱帯植物、剥製の猛獣、博物図鑑の挿絵を断片的に組み合わせ、頭の中で異世界の森を構築した。

アンリ・ルソー《フラミンゴ》1907年、個人蔵

ルソーのジャングルは、写実的でありながらも現実の生態系とは違う。ライオンが密林に潜み、南米の花とアフリカの木が同じ画面で咲き誇る。その寄せ集めが逆に独特の「夢の論理」を生み出し、観る者を現実と幻想の境界へ誘う。

《熱帯嵐の中のトラ》1891年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー

《熱帯嵐の中のトラ》1891年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー

最初にジャングルの絵を描いたのは、1891年の《熱帯嵐の中のトラ》。この絵は酷評され、そこからルソーは7年ほどジャングル画を描かなくなった。

アンリ・ルソーがジャングルを描いた理由

アンリ・ルソー《ライオンの食事》1907年頃、メトロポリタン美術館

ルソーの故郷ラヴァルは、「樹の町」と呼ばれるほど、樹木に包まれていた。その風景がジャングル画へと導いた。ルソーが望んだのは、秩序から外れた場所だった。道も標識もない密林を描くことで、絵の中の呼吸を取り戻したかったのだろう。絵は、説明よりも気配で成り立つ。

ジャングルは、恐れと安らぎが同居する場所だ。茂みの奥で何かが動く気配は怖い。けれど、その怖さが生きている実感を連れ戻す。

ジャングルには「始まり」が多い。芽吹き、湿り気、夜明け前の匂い。ルソーはその生まれ直しを、平らな色面とくっきりした輪郭で留めたかった。写実の細部より、生命の濃度を描く方が大事だった。葉は一枚ごとに呼吸する。

ジャングルは、隠すと同時に見せる。重なる葉は秘密を守り、わずかな裂け目が物語を始める。ルソーはその「覗き穴」を画面のどこかに必ず置く。観る者はそこから入り、道に迷い、やがて画面のリズムに導かれて戻ってくる。迷わせ、戻す。その往復こそが絵の時間になる。

文明の真ん中にいるほど、人は無名の力に触れにくくなる。ジャングルは無名の力を、色と形の単純さで呼び戻す装置だ。月の光、獣の影。言葉になる前のものが、言葉の代わりに並ぶ。ルソーはそこに、絵が言語から自由になる瞬間を見た。

植物園の温室や図鑑、見世物小屋の動物、万博の異国趣味。現実の断片をつぎはぎして、ルソーだけの“内なる森”を育て上げた。ジャングルは外の世界ではなく、ルソーの心象風景だったのだ。

アンリ・ルソーのジャングル画に逢える日本の美術館

ポーラ美術館(箱根)

アンリ・ルソー《エデンの園のエヴァ》1906-1910年

アンリ・ルソー《エデンの園のエヴァ》1906-1910年

月光と黄緑が溶け合って、空気までしっとり色づくタイプのジャングルだ。反復する葉っぱのリズムに乗って、目はするすると中央の裸婦へ吸い寄せられる。花を抱く仕草が、植物の“生”と人の“生身”を共鳴させ、物語が勝手に動き出す。淡い空と、手前のギュッと詰まった草むらの対比が、奥行きよりも「包囲感」を演出。極めつきは金の額縁、これが祝祭の照明になって、絵全体を一夜限りのステージに変えてしまう。

 

アンリ・ルソー《ライオンのいるジャングル》1904年

アンリ・ルソー《ライオンのいるジャングル》1904年

青緑の夜気がひんやり漂う“無音の森”。切り紙みたいに均一な葉っぱがサラサラと震え、見えない風が見えてくる。小さな満月は、画面全体を一段冷やすスポットライト。草に身を伏せた獣は表情を捨て、暴れる代わりに“待つ”ことで緊張を作る。手前の斜めの葉が観る側との間に結界を張り、怖いのに安心、安心なのにちょっと怖い、その微妙なスリルでずっと引っぱっていく。

画家たちの傑作選




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