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クロード・モネ《サン=タドレスのテラス》〜恋する午後、光が監督した、バカンス劇場

クロード・モネ《サン=タドレスのテラス》

  • 原題:Jardin à Sainte-Adresse
  • 作者:クロード・モネ
  • 制作:1867年
  • 寸法:98.1 x 129.9 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

1867年、27歳のモネと未婚のカミーユは、長男ジャンを出産する。親友だったジャン・フレデリック・バジールが名付け親になり、「ジャン」の名前をもらった。

モネは経済的に困窮していた時期で、父と叔母に、結婚の承諾と経済援助を頼むために、モネだけがサン=タドレスに向かった。絵の中で椅子に座っているのがモネの父・アドルフと、叔母ルカードルである。テラスで日傘を指し、ステッキを持っているのは従兄弟たちである。

五百らかん寺さゞゐどう

この絵は、葛飾北斎の 富嶽三十六景《五百らかん寺さゞゐどう》 1830年頃を参考にしているといわれる。

絵画レビュー:モネが連れていく、終わらない夏休み

クロード・モネ《サン=タドレスのテラス》

「休日の最高難度を、光だけで演出してみました」という、モネの豪速球みたいな一枚だ。まず、この庭。完全に“夏の気分が凝縮されたテーマパーク”である。花々は全員、テンション120%のコーラス隊みたいに咲き乱れ、旗は風に合わせてパフォーマンスし、海は照明スタッフかというほどキラキラと舞台を照らしている。

画面の全員が、この一日の主役は誰か知っている。主役はモネの筆でも、人物でもない。光だ。画面中央の女性と男性。二人とも、表情が謎だ。なぜなら、モネは「人間の心理描写」には興味がない。興味あるのは、夏の空気に触れた人間は、どう見えるのか。それだけだ。

女性の白いドレス。光を浴びて、布が溶けていくように柔らかい。男性の影も、くっきりでもぼんやりでもなく、「夏の午後特有の気怠い影」というジャンルに属している。

座っている紳士と婦人は、もはや「夏のオブジェ」である。そこにいる必要はないが、いるだけで空気が成立する。光が、「もう少し右に座って」「はい、その角度」と指示したモデルたちだ。

背景の海を見てほしい。画面の奥は、船・船・船。お祭りかというほど船が出ているのに、なぜか騒々しくない。海全体が“画面のための静けさ”を保っている。

どう見ても、映画の大規模シーンで雇われたエキストラが「はい、もっと静かに背景やってくださーい」と指示された後の表情だ。青い海と青い空がキスしそうなほど近く、その隙間を旗がひらひらと割って入る。この旗、完全に勝ち誇っている。

赤、黄、白、緑。庭の花が同じテンションで「いま咲いてます!」と叫び、観る側を夏の中心へ連れていく。この庭には、四季も時間も関係ない。最高の午後が流れている。

「幸福は説明するものじゃない。光に浴びるものだ」

モネがこの絵で言っていることは、たぶんこうだ。

「幸福な瞬間に意味はいらない。ただ光を浴びていれば、世界はきれいに見える」

哲学的なようで、とてもシンプルだ。

人間は海を見て話しているし、人間は花を前にして座っているし、空は晴れて、風は旗を煽る。その幸福を、モネは説明ゼロ、物語ゼロ、ただの光の演奏として描いた。

だから、この絵は、観ると一瞬で気分が良くなる。自分もここで椅子を借りて日傘を広げたくなる。モネの力は、「写す」ではなく「その場の空気を肌で感じさせる」点にある。

この庭は、光がつくった最高の舞台装置である。そしてモネは、その光の劇場で、観る者を夏の真ん中に座らせる。

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