
- 原題:L'Atelier de Bazille
- 英題:I, Picasso
- 作者:フレデリック・バジール
- 制作:1870年
- 寸法:98.0 cm × 128.0 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:オルセー美術館
28歳で夭折したフランスの画家フレデリック・バジールが、ラ・コンダミンヌ通りにあったアトリエを描いた一枚。
アトリエはエドゥアール・マネの仕事場の近くにあり、完成当初はバジール本人の姿は描かれていなかった。だが戦死後、マネが彼の姿を描き足した。

バジールは4年前にもモネと共同生活を送っていたルーヴル美術館の近くのアトリエ画を描いている。芸術家のアトリエを描くことは、19世紀初頭に人気のあったジャンルだった。
絵の中に描かれた人物と絵

- フレデリック・バジール:中央に立つ長身の男性。パレットを手に、マネに批評を受けている
- エドゥアール・マネ:中央で帽子とステッキを持つ男性。バジールの作品に助言をしている
- エドモン・メートゥル:右奥でピアノを弾く音楽家
- 左側の3人:正確な特定はできないが、ルノワール、モネ、エミール・ゾラと考えられている。
壁にかけられた絵画
- メートゥルの頭上の果物の静物画:モネの作品
- 額装された絵:いずれもサロンに落選したもの
- ピアノの上の大きな裸婦画(ドレスの女性と裸婦):ルノワールの作品
- 左端の裸体の男性像:《網を持つ漁師》(バジール作)
絵画レビュー:《バジールのアトリエ、ラ・コンダミンヌ通り》

このアトリエを眺めていると、まず大きな窓が目に飛び込んでくる。高い天井まで届くような格子窓からは柔らかな光が入り、部屋全体を均等に照らしている。黒いカーテンが光を少しやわらげ、青みを帯びた壁に静かな影を落としているのが心地よい。広々とした床の余白は空気の流れを感じさせ、こちらの呼吸までゆったりするようだ。
この絵の良さは、集まっている人々がそれぞれに違う時間を過ごしているのに、不思議と調和しているところにある。作品を語り合う人、じっと見つめる人、階段に腰かける人、右端でピアノを弾く人。誰もが自分の世界にいながら、互いの存在を意識している。言葉や音楽が聞こえてこないのに、その気配だけが漂っていて、室内の温度をつくっている。
壁にはたくさんの絵が掛けられ、部屋そのものが小さな美術館になっている。赤と緑の肘掛け椅子がぽつんと空席のまま置かれていて、「ここに座って一緒に見てごらん」と誘われている。
右端のストーブは、部屋の片隅で静かに立ち、アトリエに暖かさを与えている。絵の中では火は見えないが、ほんのりとした熱が立ちのぼって、ピアノの音や人々の会話と同じように、この場をやわらかく包んでいる。
この絵には派手な劇的さはない。しかし、制作の現場の空気、人と人が集まることで生まれる温かさ、創造を育む「場」の豊かさが、自然に伝わってくる。眺めていると、自分もそこに混じって一緒に作品を語り合いたくなる。そんな優しい余韻を残す一枚だ。
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山田五郎が解説する《バジールのアトリエ》
バジールってね、すごく面白い存在なんですよ。当時のフランス人の平均身長が170センチくらいの時代に、彼は190センチ近くあった。とにかくデカい。アトリエの絵を見ても、ひとりだけスッと抜きんでてるでしょ。
家が裕福だったから、お金に困っていた仲間のモネとかルノワールとかを支えてあげていた。いわばパトロンでもあり、まとめ役でもあったわけです。セザンヌやシスレーなんかも、バジールを通じてつながっていったんですね。
この絵の面白いところは、壁にかかっている作品。よく見ると、ほとんどサロンに落選した絵なんですよ。つまり「みんな落ちまくりだぜ」っていう、自虐的なユーモア。こういう反骨精神が、「印象派展」につながっていくんですけど、その音頭を取ろうとしていたのもバジールだった。
ところが、1870年の普仏戦争で、まだ28歳の若さで戦死してしまうんです。もしバジールが生きていなかったら、モネやルノワールは生活できなくて画家をやめていたかもしれない。印象派そのものが生まれなかった可能性がある。だからバジールは「印象派の影の立役者」なんて呼ばれているんですね。
そしてバジール自身の絵もね、やっぱり品があるんです。仲間たちを支えただけじゃなく、自分の作品でもしっかり存在感を残している。影の功労者に終わらないところがまた、魅力なんですよ。
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アトリエ(仕事場)の傑作絵画