
★アラ還原付日記(仮)その4「カブと一緒に東へ西へ」の一部をご紹介しています★
2022年11月22日(火)
田原ふるさと公園へ源実朝の首塚を見学に。
実朝の首の行方を追って
第1回から夢中で見てきた2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」もいよいよ終盤。雪の大階段まであと数歩だ。
微笑むほどに切ない実朝もいいけど、公暁がまたいいよね。身に備わった気品と胸に渦巻くどす黒さ、そのように生きてこざるを得なかった底知れぬ哀しみ。
演じる寛一郎さんは2018年公開の映画「菊とギロチン」(瀬々敬久監督・脚本)で初めて見た。大正末期、やがて大杉栄虐殺報復テロに起つ古田大次郎の青春のひとこまをとても印象的に演じていた。その時代のことは一時期興味があっていろいろ調べた。死刑囚となった古田の手記『死の懺悔』も読んだ。正直、こいつは好かんと思った。理由はここでは深めない。しかし寛一郎さんの演じた古田は、こんな古田大次郎ならアリだ。そうかアリだったんだ、というものであった。役に命を吹き込む力をあの若さでどうやって体得したのか、まことに計り知れない。そして4年後、初出演の大河ドラマでまた驚嘆させられたわけである。
そんな公暁が持ち去ったきり『吾妻鏡』にも記述がないという実朝の首が、なぜか丹沢のふもと秦野に葬られていると聞いて、行ってみたのだ。
鎌倉殿アナザーストーリーの里
ミドリで訪れる秦野は4度目。乗り始めて3ヵ月足らずで挑んだ震生湖(2019年)、ロードバイクにスイスイ追い越されながら長い坂道を上った菜の花台(2020年)、コスモスを見に行き、帰りに国道246号でエンストした秦野戸川公園(2021年)、そして今回の田原ふるさと公園だ。
県央の拙宅からは、いずれも片道35キロ内外。246さえ怖れなければ道順はむずかしくない。距離も、4度目ともなればさほど苦にならない。まったく見当のつかない35キロと、そこそこ見当のつく35キロでは全然違う。
だだっ広い田園地帯のど真ん中に田原ふるさと公園はあった。
21世紀でこうなら800年前はどんなだったかと思うほど、のどかで静か。
ちなみに現在の秦野市は人口約16万で、17万の鎌倉市と規模としてはそんなに変わらない。面積が広く、山々を望む田園地帯もあるが、市街地は同じ市と思えないほど開けている。距離的にも鎌倉から30キロかそこらで、びっくりするほど遠くもない。馬ならうちのミドリといい勝負で移動できたのでは。
ただ、当時の鎌倉から見た秦野(相模国波多野荘)がどういうところだったかは今の感覚じゃわからない。何でまたここに実朝の首が、とは、やっぱり思う。
公園の駐輪場にミドリを駐め、小道一つ隔てた源実朝公御首塚へ。
ただの首塚じゃない。首塚を囲む一角が「波多野金槐植物苑」という憩いの場になっている。実朝公八百回忌にあたり、「金槐和歌集」の歌に詠まれた植物を集めて造ったそうだ。それぞれの植物に札が立ち、その植物を詠んだ実朝の和歌が紹介されている。
歌碑もある。(※無学な私にはほぼ読めなかったが「物いはぬ四方のけだものすらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ」という歌だそうだ。歌人にして実朝の研究家、佐佐木信綱揮毫)
そのかたわらには、いつ頃植えたものか青空めがけて高く伸びた銀杏の木。鶴岡八幡宮の銀杏になぞらえたのかな? 銀杏を詠んだ歌はないそうである。
歌碑をはさんで反対側には首塚の説明板。1841年成立の『新編相模国風土記稿』に「承久元年(1219年)武常晴 実朝の首を当所に持来たり」という記述があるそうだ。武常晴は御家人三浦氏家臣とのこと。
三浦氏ってあの、ドラマで山本耕史さんが演じるところの煮ても焼いても食えない三浦義村の一族ですよね。公暁を若君若君としきりに持ち上げ、たきつけてましたが。
その三浦氏家臣がはるばる秦野へ持ち込んだ裏には、鎌倉殿アナザーストーリーくらいのドラマがあってもおかしくなさそうだ。
私同様、大河ドラマの流れで訪れたと思しき見学客も多く、公園駐車場は車の出入りがけっこうひっきりなし。
「来週ころされるのよね!」と情熱的に語り合うマダムのグループもいたりして、だだっ広い田園地帯の中、ここだけがなかなかの賑わいだ。
首塚の裏には大きな柿の木があって、当たり年なのか、鳥も食べきれないほどたくさんの実が晩秋の日射しに照らされている。
どんなアナザーストーリーがあったのかわからないけど、実朝は権力争いの渦中にいるより、こんなところで四季折々の和歌を作って暮らすほうが似合いそうな気もする。
首塚と葉付き大根の言葉にできない関係
公園のふるさと伝承館では地元で採れた野菜を売っている。園内の水車小屋で石臼製粉し丹沢山麓の名水で打つ、こだわりの蕎麦屋さんもあるそうだ。
採れたて野菜の中に葉付き大根があった。
葉付き大根、大好きだ。青々した葉っぱと白くて太い根っこ、2種類の野菜がワンセットになったようなお得感。葉にしかない栄養もたくさん含まれていると聞く。なのにあまり売ってるお店がない。切り落とされた葉っぱはどこへ行ってしまうのだろう。不憫でならないのでなおさら買わずにいられない。
首塚見学土産がなぜ葉付き大根なのか、まるで関係なさそうでもあるが、よーく考えるとありそうでもある、でも言葉にするのはちょっと怖い、そんなお土産であった。
行きは楽勝だった田原ふるさと公園への道、帰りに迷走した。246へ戻るための右折ポイントを誤ったと思われる。しかし来る時上り坂だったのだから、下り坂である限り大きく間違っていないのではと考え、うねうねした細い坂道を下り続けた。
無事246に出られた。
秦野にはまた来てみたい。次はどのへんにしようか研究開始。