僕は他人の"好き"に懐疑的だ。ひとえに"好き"と言えど、どの程度好きなのか、何をもって好きなのか、わからない。わからない故、信用できない。そりゃ、よく話す間柄であれば、どの程度好きなのか、何をもって好きなのか、知ることができる。けど、それはあくまで限られた数だ。
モノが溢れる昨今、特定の何かを好きになることは少ないと思う。都合のいいものをなんとなく浪費する、なんとなく好きになる。それはもう"好き"というよりは"気まぐれ"に近い。
例え自分と同じコンテンツを好きな人がいたとしてもそのアプローチは様々だ。何故なら好きの程度も好きな部分も違うからだ。どのように楽しむかは人の自由。
まぁ何が言いたいかというと、モノが溢れるこの世の中は好きが散漫になりがちだし、例え同じモノを好きになったとしても好きになる理由も様々である、ということ。つまり、多様だよねって。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 First Live "with You"に僕は両日現地参戦した。虹はそんなに追うつもりないわ〜って絶叫してたわりにちゃっかり両日行っちゃうのがオタクなんだよね。てか、お台場の無銭リリイベも品川のマッチングフェスティバルも行ったし、結構がっつり追ってるね!?!?
さて、そんな虹1st、言いたい感想は沢山あるのだけれど、今回はピントを絞りながらつらつら綴りたいと思う。勿論、女性声優界のチェゲバラ"楠木ともり"についてだ。
そこまで虹は追ってないにせよ、楠木ともりの内面が成熟しているのは知っていた。それはTwitterだったりマッチングフェスティバルのMCだったりインタビュー記事だったりから楠木ともりの気高い魂を感じていた。
今回、虹1st day1のMCでもその熱い意志をぶつけられた。楠木ともり、シンプルに喋りが上手い。知性が滲み出ているんよ。
詳細はよく覚えてないが、楠木ともりが言っていたことはこうだ。
----
大好きを否定されるのは辛いことだ。だからこそ、スクスタでせつ菜を演じるのは辛いところもあった。
虹ヶ咲はソロだから競うことが多い。それがファンにとって嬉しいことなのか辛いことなのか私にはわからない。
自分の"大好き"を大切にして欲しいし、それと同じくらい他人の"大好き"を大切にして欲しい。それがせつ菜の野望を叶えることになると思うし、みんながそうなれると信じている。
----
(こいつ、まじで世界を革命する逸材だろ(ブチギレ))
優木せつ菜の野望は「"大好き"を世界中に溢れさせる」こと。せつ菜がこのような野望を抱くようになる経緯はスクスタをプレイすれば把握することができる。
野望自体はシンプルだ。だが、実現は容易くない。自分の"好き"を否定されたり、理解されなかったり、他の意見とぶつかったり、そんな不都合不具合不調和が世界中に蠢いていて、ままならない。人はわかり合えない。
それでも楠木ともりは強く主張する。自他共にそれぞれの"大好き"を大切にして欲しい、と。
理想論だ、と切って捨てるのは簡単だ。現実はそんな優しくはない。
僕はここで改めて虹ヶ咲のソロ活動の意義を考えた。
スクスタのストーリーによれば、虹ヶ咲がソロ活動をするのはメンバーそれぞれが目指すステージが違うから。各々の目指す最高のステージを作り上げる、それが虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会だ。時に競い、時に支え合う。ライバルであり、同士でもある。
それぞれの理想があり、それぞれのやり方がある。だからこそのソロ活動。
アイドル活動は比較できるものではない。物差しなんて存在しない。人気なんて所詮、需要と供給。多勢にウケが良ければ勝手に人気が出る。
それでも、虹ヶ咲は競う。それは高みを目指すからだ。ステージを全力で楽しむため、誰かの笑顔のため、"大好き"を溢れさせるため。
キャストの彼女達は口々に言う。"悔しい"と。普通、ライブ後のMCでそんなこと言うか?それだけ目指しているところが高いのだ。それは勿論、大きな輝きを放ってきた先代を見てきたからだろう。
先代に劣らないよう、この大きなコンテンツの名を汚さないよう、努力を重ねる。先代を超えようと意気込んでいる子もいるかもしれない。
ぶっちゃけ、僕はラブライブ運営に不満だらけだった。具体例を挙げればきりがないけど、虹ヶ咲に関して言えば、過度な競争が嫌いだった。そもそもキャスティングの時点で経験値に差がある人を配置しているし、現時点で提供されているスクスタのストーリーもスポットの当たり方に差がありすぎる。そんな状態で競争とか言われても全然平等じゃない。
別に競争自体に不満があるわけではない。だけど、あまりに不平等な状況はなによりキャストのストレスに直結する。それが嫌だった。
虹1st day2の鬼頭明里はMCでこのような旨の言葉を紡いだ。
----
ランキングが低い時は辛い、上位になったらなったでなんでこのキャラが〜って言われたりして辛い。彼方ちゃんを好きな人だけが好きでいてくれればそれで良いと思ってた。
今日、彼方ちゃんの誕生日をみんなに祝ってもらってとても嬉しかった。day1の楠木ともりも言っていたけど、"好き"を尊重し合うことができればそれは素敵だし、やっぱりみんなで仲良くできれば良いなって思う。
----
(キャストにこんな辛い台詞を言わせたらダメやでまじで・・・)
競争ばかりさせ続けられたキャストが漏らす本音は胸を締めつけるものばかりだった。どうしたって劣った部分ばかり考えてしまう。それはしょうがないことだ。そんな中でも頑張ってきたのはやっぱりラブライブシリーズが、虹ヶ咲が、"大好き"だからなのかなって思う。
"大好き"というポジティブな感情の裏にはいつだって苦労や苦悩のようなネガティブな感情がある。それでも人は"大好き"を信じてそれらを乗り越えるのだ。
不平等はある。その不平等さに腐って堕ちていく人だって沢山いるだろう。でも、本当に"大好き"ならそこで踏ん張らなくてはならないのだ。
頑張った道の先でしか見ることのできない景色があるはずだから。
人には人の"大好き"がある。
モノが溢れ、多様な時代。なにもかも曖昧な時代。そんな中、特定の何かを"大好き"になるなんてあんまりないんじゃない?だったら大切にしようよ、自分の"大好き"も他人の"大好き"も。"大好き"は決して侵されるものではない。自分の"大好き"を信じられない人生とか虚無でしょ。
見たか?CHASE!の2番サビ前「みんながいれば」と言い終わった後の楠木ともりを。あの笑顔を僕は忘れることができない。"大好き"って笑顔になることなんだ。
虹ヶ咲のソロ活動の意義、それは多様な世の中だからこそ、それぞれの個性を尊重し合う大切さを見出すことではないだろうか。競う以上、優劣はつく。順位が低い、すなわち存在の否定とはならない。何故なら競うことはあくまで手段でしかないのだ。キャラクターが、キャストが、理想のステージを目指して燃やした魂は何より美しい。それは絶対だ。
ひとりひとりの意識を少しづつでも変えていけば、世界は変わるよ、きっと。優木せつ菜の野望も実現するよ。そう信じたい。そう思えるようなライブだった。
願いって大きなほどキレイだと思うんだよ
(TOKIMEKI Runners/虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)
僕はラブライブサンシャインが大好きだ。Aqoursの輝きに魅せられた。Aqoursを追うのが楽しくて楽しくて仕方なかった。別に1stから追ってるわけじゃないけど彼女達が成長する過程を見て、次は自分もと息巻いていた。だからさ、虹を追うのはまじで違うんだ。そりゃライブは泣いたよ。感動の嵐だった。けど、今更虹のサクセスストーリーを追うのはどう考えても違うんだ。Aqoursと虹は別のグループだ。虹には虹の物語がある。それでも新しい成長物語を追うのは違うんだよ。早くAqoursのファイナルライブで僕にとどめを刺してくれ。ファイナルライブで人生おしまいにしてくれよ。お願いだよ。まじで。
けどさ、
やっぱ思ったんだけどさ、
僕は、
僕は、
僕は、
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が大好きだあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
