
私はTravis Japanのファンです。彼らはアメリカのCapitol Recordsから世界デビューをしており、今年はアメリカ3箇所を含むワールドツアーを行います。彼らは海外のイベントにも度々参加しており、応援する上で「海外に行く期間があり、現地のイベント等に参加する」という事はよくある事で、特に驚くことでもないと思っています。彼らの事務所も様々なグループが海外でコンサートをしたりしているので、事務所としても珍しいことではないのかなぁと思いますが、そうなった時にファンに対する日本と海外での対応の差から「平等」と言う観点で、ファンの間で納得できない部分が出てくる傾向があるなぁと思っています。また、「日本のファンを蔑ろにしている」という言葉も、トラジャ担に限らず耳にすることがあります。
そもそも「平等」とはなんなのか?海外で活動することは「日本のファン」を蔑ろにしていると言えるのか?冷静に考えてみたいと思いました。
どんな方が読んでくださるのかわからないので前置きはあの様に書きましたが、ここからはトラジャ担でないと詳細が分からない内容になっている気がします。
すみませんが、ご了承頂けると嬉しいです。
平等とは?
海外に行って「日本と違うルールなので、同じファンなのに平等じゃない」よく言われる事としては以下があるのかなと思う。
- 日本のイベントよりもメンバーとの距離が近い
- 無償で会えている
- 撮影OKなこと
一つ一つ考えてみる。
日本のイベントよりもメンバーとの距離が近い
これが1番モヤモヤさせてる部分なのかもしれない。日本では、彼らに触れられるくらいの距離感に行けるのは滅多にないことで、1番近くてコンサートや舞台の最前列になるのだと思う。(トラジャのハイタッチ会はレアイベントなのでここでは無視します)しかも、1万人前後が入る大きな会場で、ずっと目の前に立っているわけでもないので、近くで見れるのは数秒間だったりも。これがデフォルトであって、出待ちもダメだし、他に接触チャンスはほぼない。
対して、海外イベント等に参加するとその距離感は様々だなと思う。野外フェスでステージからの距離が近いこともあれば、ホール形式で客席を通って移動することもある。先日の台湾のMerch Marketのイベントの様に狭い所で直ぐ近くを通るなんてこともあるし、高校でもみくちゃにされたこともあるし。(安全面だけは頼むよ事務所)距離感で言ったら海外の方が近いのは事実かなと思う。
無償で会えている
日本にいれば基本的にお金を払わないで本人に会えることはほぼないと言っていいんじゃないだろうか...。(観覧とか、リリイベくらい?)お金払うのがデフォルトではあるかなと。まあ彼らにはその価値があるからそれは当然なんだけれども。
対して海外のイベントは入場無料だったりすることもある。Word of Dance(ダンスの世界大会)はショッピングモールでやってるから通りすがりの人も見てたりしたし。ここも全然違うよなあとは思う。
撮影OKなこと
日本ではまだ撮影OKっていう風習まだそんなに浸透してない気がするけどどうだろう...?少なくとも事務所的には徹底ガードの歴史が長い気がする。対して海外って結構撮影できて当たり前な感じがある気がする。(詳しくない)トラジャが出演したAustin Mahoneさんのコンサートも撮影OKでとっても驚いたのを覚えてる!
2024年のツアーで撮影OK曲を作ったのは革新的であり、かつ海外を目指すトラジャらしい選択だと言えるのではないかなぁ。
違いに対して思うこと
こうして列挙してみると確かに違うことが多いけど、個人的にこれは仕方がない事だと思ってる。そもそも国内と海外では主催も違えば、イベント参加の意図も違うのだから。
マーケット的な観点(専門家ではない)で考えると、日本の場合は、すでに全国でアリーナツアーができるレベルでファンの数がいる状態で、コンサートという場所は「すでにファンになってくれている人」がメインのターゲットであることは間違いないと思う。日本にはファンがいるから潤沢な資金があって、自社主催のコンサートができるわけで。自社主催だからルールや、ステージの作り方も自社の思う通りに作れるし、事務所全体で決めているガイドライン的なものを遵守しながら色々と決めていくのだと思う。そして、開催は「日本」なので、日本という国の価値観に沿って作っていくと思うし、イベント制作会社だって日本人だし、日本の法律関係の問題もクリアにしながら作っていく。
対して、特にトラジャの海外活動は「売り込み」みたいなものだと思ってる。もちろん、海外にトラジャ担の方がたくさんいることは知っているけれど、数で見てみれば日本よりも少ないのはワールドツアーのキャパを見れば明確なこと。トラジャは世界に行きたいとジュニア時代からずっと言ってきたのだから、「海外の新規ファン獲得」のために現地に行ってPR活動をするのは当然なことだと思う。現地のイベントや、ラジオや、インタビュー記事を通じて、少しでも現地にファンを作っていきたいのだと個人的に推測しています。
だから、圧倒的に現地のイベント等に「お邪魔すること」が多いのが現状なのだと思う。台湾のMerch Market訪問が初めて事務所主催のイベントだと思うし、トラジャ主催の海外イベントはタイのアルバム宣伝と今回のワールドツアーくらいかな?(自信ない)イベントや番組にお邪魔している身なので、当然、価値観も、モラルも、法律も、主催者のルールの作り方も、それぞれの国やイベントで何もかもが違うはず。そこに事務所ルールや、トラジャ独自ルールを強制することなんて無理なんじゃないだろうか。
もっと「平等」という言葉に切り込んで行くなら「機会」というのも考えなくちゃいけない。
日本では彼らが出ているテレビが見れる(ローカルの概念は無視します)し、CDがお店で買えるし、グッズが買える、輸入しないで雑誌が買える、何よりFCに入れて番組協力やコンサート、その他イベントに行けるチャンスがめちゃくちゃ多い。そして勉強なんかしなくても彼らの母国語の言葉が100%分かるというのも、「情報を得る機会」と言う意味では大きいのではないかなぁ。
結局、1番何もかも享受できているのは日本のファンだと思う。トラジャだって海外に行ってても日本時間に合わせて生配信してくれたりするし、海外に行った時に日本のファンを置いていかないようにInstagramを沢山更新してくれたりめちゃくちゃ配慮してくれている。申し訳ないほどに。
渡米時に朝5時に起きてRising Fes見てた時のことを思い出す。「自担が時差の無い場所にいてくれる有り難さ」ったらない。海外のファンの方は「日本時間」に合わせられた生配信をとんでもない時間に見てるかもしれないし、仕事の時間と重なっているかもしれない。そういう意味では圧倒的に海外ファンの方の方が「機会」という意味では苦労をされているはずだとは思う。
平等と一口に言っても何をもって平等とするんだろう。世界で活躍しようとしてる人に、世界中のどこにいても同じくらい楽しめる環境を提供するには、トラジャはまだまだこれからなんだと思う。予想でしかないけど、まだトラジャは夢の旅路の途中で、平等にできるように頑張っているところ、何じゃないだろうか。海外FCも作りたいってはっきり言っていたよね。でも「作れていない」という事はきっとなにかあるという事。もっともっと海外でも愛されるアイドルになって「やってもいいよ」って言ってくれることを増やさないといけないんじゃないだろうか。
如恵留くんが新潟最終公演で言っていた。(私が聞いた時のニュアンス)
「今までファンのみんなが応援してくれてたから、"この子達を世界に連れていきたい"って思ってくれる人が現れて、その人達のサポートがあってワールドツアーできる」
ここに色々と詰まっているなあと私は思ったりします。そもそも日本にファンがいなければ海外にPR活動に行く資金だってどうなるかわからないのかなと予想できる。(あくまで推測)もちろん、ファンだけの力で世界的なアーティストにはしてあげられないけれど、日本という固定のファンがいてくれる場所を中心に、海外で頑張って活動していけるというのは事実なんじゃないかと思う。
日本のファンを蔑ろにしているのか
こうやって"世界に行く"という夢を本気で実現するために海外に行く事は本当に「日本のファンを蔑ろにしている」のだろうか...と思ってしまう。確かに1年は短い、あっという間に終わってしまう。でも、彼らが海外に滞在しているのなんて365日分の何日だろう?家が日本にあり、メインの活動の場である日本をたった数十日離れて活動したり、距離やルールが違うだけで「蔑ろにしている」と言えるのか、私には分からなかった。
「日本のファンがお金を出しているのに」なんて観点もあると思うけれど、それはそう。さっきも書いた通り、海外活動がPRだとしたらお金は使わなきゃいけない。十分に資金を獲得できる日本で得た利益を海外で広告費として使うのは当然だと思ってしまう。
でもモヤモヤしている人が悪いとは思わない。文化や価値観の差で戸惑うのは当たり前だと思うから。
そして、普段はトラジャの応援をするのが大変な海外のファンの方々はワールドツアーや海外のイベントを思いっきり享受して欲しい。これからトラジャがどんどん世界に出ていけば「日本のファン」なんていう括りすらなくなっていくかもしれないし、世界のどこに住んでいても1つの「トラジャ担」という未来もそんなに遠くないかもしれない。
でも、主観でしかないけど、トラジャが日本を忘れることはないと思う。渡米する前にうみちゃんも「俺たちは絶対に日本っていう場所を忘れない」という発言もあったし、
何より
"世界中の心を躍らせよう、ここ日本から。"
っていうキャッチコピーがその全てを表しているんじゃないかなと思っている。
これからのトラジャがどうなっていくかなんて分からない。でも、きっと「"この子達を世界に連れていきたい"って思ってくれる人」がトラジャの周りにいる限り、海外での活動は続けていくんだろうな。
別にこのブログは「平等」の解ではないし、自分が正しいと言いたいわけでも無いけど、よくこういう話題になるので一度言語化しておきたくてまとめました。
Travis Japanの夢、全部叶うといいな。