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タイのマッチョボーイは香港で凧をあげるか?

こちらははと(@810ibara)さん主催の「ぽっぽアドベント2025」の記事です。

adventar.org

 

12月14日担当安琦です。申し込んでから昨年と同じ日にちを選んでいたことがわかりました。昨年に続いて、ぽっぽアドベントに参加させていただきます。3年連続、すっかり自分自身を振り返る行事のひとつになっている。はとさん、お誘いありがとうございました。
今回のテーマは「ゆきてかえりし物語」、人の旅の話を聞くのは大好きです。昨日はふじおさん。全く興味のなかったものへ興味のきっかけを作ってくれるすごい熱量の記事でした。


さて、今年。振り返ると「ゆきてかえりし」旅をたくさんしました。新しい場所に行って新しい経験をしたし、久しぶりに家族でゆっくり旅行をしたし、家出vol.2(家出については去年のぽっぽアドベントで語ってます。)も敢行しました。
旅のハイライトは?と言われたら、

①香港の九龍城砦公園でフォロイーさんと凧あげをした
トワイライトウォリアーズに落ちて、20年ぶりの香港、二度目の家出。日本から凧を持ち込んで、初対面の人含む4人で香港の街中で待ち合わせをし、映画の中みたいに凧あげをした。龍捲風が近くにおらず、風が吹かなかったため、あんまり凧は上がらなかったのが残念だったけど、やりたいって言ったわたしに全員即答で「やろう」が返ってきたの笑える。のちにフォロイーさんが全く別のジャンルでペーパーにしてくれた↓



②夏の旅行は突然のタイ。
バンコクの廟にいたおじさんによると、バンコクの中国人街も九龍城砦同様潮州人が多く流れた場所らしい。九龍城砦に似た作りの道幅1メートルくらいの狭い道、電線がすぐ手が届きそうなところに垂れ下がる道に迷い込み、向かってくるバイクとすれ違い、気づいたら目の前に理髪店(トワイライトウォリアーズでは城砦の理髪店が舞台のひとつ)が現れた。フィクションと現実がリンクした不思議な瞬間だった。それだけでなく、旅と旅がリンクする、頭の中に別々の知識としてあった歴史がつながった瞬間でもあって、鳥肌が立った。過去、故郷を出て遠くに移り住んだ人たちが作った「故郷に似た場所」が、時間をかけて少しずつその場所のエッセンスを取り入れつつ変わっていく様子もまた興味深い。

↑補正で明るくなってるけど、すごく暗かった道と理髪店↑

 

③おまけはタイの筋肉屋台。はらぺこで見えた店に入ったら、マッチョ店員が上半身裸で美しい筋肉を見せながら唐辛子を摺るサービスがデフォルトの食堂だった。美しい筋肉で丁寧に潰された唐辛子が大量に乗った料理が出てくる。裏から入ったので気づかなかったんだ、この看板に!

 

2年前に突然開いたバスケへの扉も全開、たくさん試合を見ました。本もここ数年の中では一番読んだ。宇宙に行ったり、過去に飛んだり、新宿の片隅で肩を丸めたりして、何年ぶりかで漢字しかない本も数冊読みました。

…っていう旅の話だけして終わってもよかったんですが、ここでは終わりませんごめんね。

去年も書いたけど、こうやって体や心が自由に旅ができるというのは子が私の手を離れつつあるからでもある。ワンオペで泣き、給料のほとんどすべてを保育園に払ってまで仕事を続けていた時期も、学校からの電話に戦々恐々としていた時期も過去のもの。月日は経ち、勝手に育った子らは今のところそれぞれ近くの水場で遊んでいる感じだが、そのうち大海に漕ぎ出す準備をしているのがよくわかる。頼もしいことである。
となると次に襲ってくるのは4,50代なら誰でも考えてしまう介護問題です。親たちと離れて暮らした年月のほうがもう長く、年に一、二度顔を合わせるくらいの生活を続けてきて、「とにかくお互い元気でいましょう」が合言葉。幸い、二人とも認知症の症状は見られず、父母の二人暮らしはうまく行っていた。今年の初めに父の具合が少し悪くなったとき、わたしが考えていたのは「これから別の試合が始まるぜ」だった。介護に本気で力入れる日のために最初からフルスロットルでいかず体力温存しとこう。片道5時間の実家にまめに帰ることになったら何より心配なのは私の体力。とりあえず今年は年に二度の帰省かなとチケットも予約済みだった。だがそれを待たずに、あっけなく父が亡くなった。
実にあっけなかったが、やはり人を送ったあとしまつはなかなかたいへんである。父が亡くなり、わたしは母と二人(ときどき弟あり)で半月あまりを過ごすことになった。よく考えてみたら、ここ十数年は自分の子を連れての帰省だったので、わたしが子の立場になる側の親子関係「だけ」に向き合うこともまたずいぶんと久しぶりのことであった。そうして、神経が昂ってほとんど眠らない母に付き合いながら日々を過ごし、わたしはあることに気が付いた。

え? あんたのその記憶はどこから?

人の記憶は総じて奇妙なものである。何を忘れて何を忘れないか、どう覚えているのか、は人によって違うし、物事の観点やとらえかたが違うから、「見たもの、感じたこと」も違ってくるのは当然だ。同じ経験をしていても各々の頭に残るのは全く別のこと。年を取れば忘れっぽくなるし、私自身も近頃はなんでも忘れてしまって子にも呆れられている身である。ただし、そこには前提として、「わたしたちは同じことを経験した」という共通事項があり、そのできごとの大枠みたいなものは各々の頭にしっかり刻まれている。
だが、母の記憶は「わたしたちがしているはずの同じ経験」つまりその外側の大枠みたいなものからしてちょっとずれていた。わたしたち親子にとってはごく当たり前である(とわたしが思っている)事実や経験のズレ。わずかかもしれないが、まるでわたしたちが似て非なる別の世界にそれぞれいたような、並行世界で生きていたお互いと入れ替わったような感じである。母の頭の中で再構築されて語られる「古い出来事」はわたしにとっては新たな、そして彼女にとってはずっとそうであった記憶だ。

待て、それ知らないぞ? 
それを何度か繰り返した。共有できない記憶というのはやっぱりどこか少し寂しいものだ。そうして、自分に問いかけないではいられなかった。わたしの記憶はこれからどんな旅をたどっていくのだろう?

現実の旅が終われば、その経験は各々の頭の中で記憶として歩き始める。「ゆきてかえりし」のあとに始まる「ゆきてかえらぬ/かえれぬ」物語。一方通行で後戻り不可。どんな旅路になるかは想像ができない。母と二週間過ごし、わたしはその「ゆきてかえらぬ」物語に初めてぞわっとした不安みたいなものを感じた。年を重ねたとき、わたしの頭に残っているのはどんな記憶だろう? 自分の中にはどんな「正史」が出来上がるのか、と。
アンソニー・ドーアの「メモリーウォール」という大好きな短編があるが、その話の中では認知症と診断された老人たちが自分の記憶を特殊な方法で抽出し小さなカートリッジに刻み込んで記憶そのものを維持しようとする。やがて認知症の進んだ彼らはカートリッジの中の見たい記憶だけを繰り返し繰り返しすりきれるまで再生するようになる。彼らが生きるのは現実でも過去の記憶の中でもなく、その四角いカートリッジの「合成された過去」のなかである――。
この短編に登場するメモリカートリッジに類するものは現代では写真や動画かもしれない。だが、それはたんなる記録でしかなく、そのとき感じたことについては、わたしたちは自分の記憶に頼るしかない。しかし結局その記憶すら信頼のおけぬ曖昧なものなのだ。記録媒体によって新たに作られる記憶だってあるだろう。母は長い時間をかけて彼女が主人公の彼女だけの物語を作り上げている。そんな当たり前のことを眼前に突き付けられ、わたしはショックを受け、じゃあどうするかって? どうもできない。

残念ながらどうもできない。これもまたゆきてかえれぬ旅の壮大さを示すもの、旅の醍醐味かもしれないと思う以外に道はなさそうだ。印刷技術のないころの英雄譚が人々に語り継がれ、「旅」を続けるうちにその形を少しずつ変えていったみたいに、旅人が雨でびしょぬれになり、激しい風にさらされ、ときに灼熱の太陽に当たってその容姿を変えるように、わたしたちの記憶もまた道の途中で少しずつその色を形を温度を変えていったとしてもいたしかたないことなのだろう。ある記憶は道の途中で倒れ動かなくなり、ある記憶は風に飛ばされて塵になる。あるものは傷つけられ、あるものはひと休みすることを決意し、あるものは別の経験と手をつなぎ、ありもしない新たな物語を紡ぎ出すかもしれない。「タイのマッチョボーイが香港で凧揚げしていた」なんて突拍子もない記憶を自分が作り出さないと誰が言いきれる?いずれにせよ、今を生きるわたしたちには未来に生まれるかもしれない捻じ曲げられた経験=主人公わたしの作りだすかもしれない「新たな」記憶、に対して何か手立てを講じることはできない。
できること?あるとすれば、それを逆手に取って、そのネタを思う存分提供することくらいか。


たくさんの「ゆきてかえりし」を積み重ねてゆこう。すぐに忘れちゃうものも、たまにきっと一生心に残るなって思うような「ゆきてかえりし」もあるだろう。それは別に遠くへ旅するってことだけではなく、誰かと交わした何気ない会話かもしれないし、読んだ本の中の一節かもしれない。だけどそれだって本当に心に残り続けるかどうかは誰にもわからない。ちょっと寂しいような気もするが、旅というものはハプニングがつきもので、どこで何が起こるかわからないものだというのは旅が好きなわたしたちが一番よく知っている。思いもよらないトラブル、思いもよらない出会い。そうして我らは笑いながら言う。そういうハプニング含めてそれが旅じゃん!と。

結局考えても何の結論も出なかった。「ゆきてかえりし」を繰り返し、そして「ゆきてかえらぬ」一年を送った今年のわたしの話はこれでおしまいです。

 

明日はほのか@🎤!🍽️。さんです。どんな旅が飛び出すか、今から楽しみです。

 

 

 




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