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プロ意識

 そうだ、俺にはプロ意識が足りない。ローを出た時点でもう法律のプロなのだ。プロとして当然様々な義務を負うわけだ。プロであるということはプロという社会的地位に立つことであり、その社会的地位に見合った責任を負うのは当然だ。責任を回避して戯れているばかりでは健全な前進などあり得ない。俺はほうむはかせという社会的地位、他者に既に先立たれて規定されている。この他者への応答、そして絶え間なく自分の中へと注ぎこまれてくるあらゆる他者へと、自らを変容させながら応答していくこと。

 「俺」という自己現前を特権化してはいけない。ほうむはかせという他者へ俺は応答しなければならないのだ。この責任はそもそも責任が成り立たないようなそういうアポリアにおいてなおも決定を続けていく責任である。なんということだ。デリダは俺にプロ意識を与えてくれた。とにかく法律については極めまくるのだ。プロとして当然のことだ。




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