スーパー戦隊シリーズ50周年を記念して勝手にスタートした制覇企画、第15弾である。
「家族」という強固な団結を礎として、混迷するバブルの終焉に教育的な一石を投じるなど、大小様々な苦闘をやり遂げた『地球戦隊ファイブマン』。
それを踏まえて『鳥人戦隊ジェットマン』ではどのような物語が描かれ、またそれが平成生まれのヒーロー好きの目にはどのように映ったのか、その率直な感想を記していく。

恋愛、友愛、人類愛
視聴率低迷に苦しんだ『ファイブマン』の後、『鳥人戦隊ジェットマン』でもってシリーズの人気は復調したと、そういう風に伝え聞いていた。
実際「戦うトレンディドラマ」と称された他に類を見ないドラマ重視の作風は、スーパー戦隊シリーズにおいても、トレンディドラマ市場においても唯一無二であり続けるだろうし、言い伝えを信じるには申し分ない面白さだった。

かくいう私は、トレンディドラマ全盛期の作品などこれっぽっちも観たことがない。しかし『鳥人戦隊ジェットマン』を観て、様々な事情が複雑に絡み合う男女の恋愛模様を見守るトレンディドラマの面白さは摂取できたように思う。

きっと当時、逆のことが起こったのかもしれない。『鳥人戦隊ジェットマン』は、当時のトレンディドラマ人気に全面的に体重を預け、本来のメインターゲットであるちびっ子たちにはロボやヒーローのカッコ良さで目配せを忘れず、当時の大人たちをちゃんと巻き込めた作品だったのだろう。大人の観賞に耐えうるようにと、これまで幾度となく重厚なドラマ性を持ったスーパー戦隊作品が世に送り出されてきたが、あくまで当時のちびっ子が大人の味わいを覚えるきっかけとなった、くらいの結果だったのが、今作で遂にその天井を打ち破った、大人に届いた、そういう感覚なのかもしれない。
「恋するヒーローもの」ではなく「戦うトレンディドラマ」と表現されているのもラッキーだったのかもしれない。今ほどオタク文化に寛容でなかった当時、いや今もだろうか……「ヒーローもの」という文言について回るイメージは必ずしもポジティブではない。粗製乱造されていたであろう「トレンディドラマ」の枠組みの中に入れてもらえたことが、『鳥人戦隊ジェットマン』が幅広い視聴者層を獲得し、結果として成功した要因だったのだろう。

逆に意外だったのは、予想していたより恋愛してなかったところだ。敵味方入り混じるドロドロの愛憎劇が展開されるかとばかり思っていたが、別にこのくらいの複雑な人間関係は、恋愛が絡んでないとはいえ、他の作品でも見受けられるような気がする。民法の1クールドラマでアホみたいな矢印スクランブル交差点状態の相関図を浴びてきた世代には、『鳥人戦隊ジェットマン』の四角関係はもはやシンプルの範囲内だ。

加えてレッドとブラックが延々ホワイトを奪い合うような展開で、意志薄弱シャバお嬢様があちらこちらへ靡いてしまうストレスフルな作品だとばかり思っていたが、全てのキャラクターが相手に抱く愛情が正しく真っすぐで、自らの恋愛ものに対する偏見を恥じた。特にやるときはやるカッケーお嬢様のホワイトと、ワンチャン他の誰よりもレッドのことを大切に想っているブラックは観賞以前のイメージをいい意味で裏切ってもらい、それがそのまま作品そのものの好印象に繋がっている。
紋切り型のキャラクターの一面だけをピックアップするのではなく、欠点ですら魅力として、人間の多面的な側面として描いていく『鳥人戦隊ジェットマン』。嫌いになる理由が見当たらない。

共鳴する情熱
『超新星フラッシュマン』の記事でも登場した脚本家・井上敏樹御大が初のメインライターを務め、その筆致を思う存分振るったのが『鳥人戦隊ジェットマン』である。
仲間同士であるはずのメンバーを戦わせたり、敵を欺くためにとはいえ強盗を働いたりと、ショッキングな展開やヒーローらしからぬ行動をあえて描写することで逆説的に善性を引き立たせてきた氏が、一般人との仄めかすような淡い描写に留めたり、『光戦隊マスクマン』ではレッドのみの物語にしたりしていた東映のブレーキを取っ払い、他のメンバーにも恋模様を拡張させ、ヒーローの恋愛というテーマに正面から取り組んだ。
こういう時は、その情熱にあてられるように周りの人間も力を発揮する。外部から召集されたメイン監督・雨宮慶太氏を始め、後に私のバイブル『仮面ライダークウガ』のメインライターを務めることになる荒川稔久氏が『ファイブマン』の遺伝子を引き継いでトンチキ回を担当し(意外過ぎる)、後に御大の盟友となる現東映のヘッドプロデューサー・白倉伸一郎氏が助監督として参加しているなど、個人的にも特撮界隈全体においてもターニングポイントとなっているのが『鳥人戦隊ジェットマン』だ。
その中で特に印象的だったのは、敵組織バイラムの幹部・トランザを演じた広瀬匠さんが自らキャラの最期を提案したということだった。
ただでさえ一枚岩とは言えなかったバイラム幹部の中で、子供の姿であることから仲間の幹部はおろかジェットマンからも侮られたトランが怒りのあまり急成長を遂げ、パワーとプライドを増大させて戻ってきたトランザ。
「若い男の幹部がなんやかんやあって廃人となる」という結末だけを知っていた私はいつまで経っても「え?ラディゲ?トランザ?どっちが?」となりながら観ていたが、おそらくどちらがなってもリアクションは変わらなかっただろう。トラウマと名高いこのトランザの最期は聞きしに勝る壮絶さだったが、あろうことかこれを役者本人が提案したとは。

このエピソードだけで、現場の活気がうかがえる。「何かカマしてやろう」というエネルギーは想定してないところまで伝播し、新たなアイデア、自由な発想を生む。こういうのを「化学反応」というのだろう。これが生まれる制作現場こそ、あるべき姿だと思う。
カマしすぎた結果、最終回でブラックが通り魔に刺されるなどというヤバすぎるアイデアも生まれることになったが、どうやらあれはラディゲの呪いのようなものだと納得できてしまった。田舎のさっちゃんのことがずっと好きで「ぼくはタンポポが好きだー!」って言ってたのに10話後くらいにホワイトに惚れてたイエローに比べたら納得度合いが段違いだ。なんやお前。後から調べたらホワイトに惚れたイエローの方を井上敏樹が書いとるやないか。

タンポポが好きなのを貫き通さんかい!!!!!!!!!!

創作はやがて鳥かごのように
スーパー戦隊シリーズが終わる。
10月に噂が出てしばらく公式発表がないままであったが、新たな宇宙警察シリーズの発表と共に、徐々に受け入れられるようになってきた。その一助となったのはヘッドプロデューサー、白倉伸一郎氏のインタビュー記事だった。
「こういう時の白倉伸一郎が言ったんなら、そうなんだろう」と感じるくらいには、特撮ファンと氏の間の信頼は厚い。『鳥人戦隊ジェットマン』でプロデューサー補としてスーパー戦隊シリーズに初参加した白倉氏は、インタビューで「スーパー戦隊の「型」があまりにも強固すぎた」と言っていた。たぶん。忘れた。
氏が平成のキャリアのほぼ半分を捧げた仮面ライダーシリーズから離れ久しぶりに『機界戦隊ゼンカイジャー』でプロデューサーとして復帰した際、「スーパー戦隊シリーズの裾野を広げる」と言っていた。たぶん。思えばこの時点で既に、スーパー戦隊の「型」を壊そうとする試みは始まっていた、あるいは白倉氏を招聘しなければキツいところまで来てしまっていたのかもしれない。
そして『鳥人戦隊ジェットマン』で出会った井上敏樹御大と久しぶりのタッグを組んだ異色作『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』で相当な「型」の破壊を成立させた。……のかもしれない。
私たち特撮オタク、スーパー戦隊オタクは、長くシリーズを追いかけてきたからこそ、「型」の輪郭を一般のマジョリティより鮮明に捉えることができている。だからこそ『ゼンカイジャー』『ドンブラザーズ』での破壊はセンセーショナルだったし、「未来は明るいぞ」「このままいけば女性レッドも近い」とすら思っていた。
世間は違った。いや、我々や、もっと言えば東映のスーパー戦隊シリーズに対する認識が甘かったのかもしれない。
メンバーの内4人が機械生命体だろうが、CG処理された2頭身や長身のメンバーが居ようが、「色とりどりのスーツに身を包んだ複数人が悪を倒す」という形をとっていれば、それが世間にとっての「スーパー戦隊」だった。要するに我々が「新時代の戦隊」は、「いつもの」の枠から逸脱することができなかったのだ。
『鳥人戦隊ジェットマン』が広げたシリーズの裾野は予想以上に広かったのかもしれない。当時、シリーズは苦境に立たされていたのは言うまでもないが、それを打破するため、東映は大博打を打ったといってもいい。倒れるなら前のめりにと言わんばかりに、悪く言えばヤケクソに。だからこそ従来のヒーロー像を壊すような描写に長けた井上敏樹御大がメインライターだったし、その他も新たなスタッフを集めたのだろう。

この博打は成功する。トレンディドラマという流行りのフォーマットを盾にして初めての群像劇スタイルをとった結果、スーパー戦隊シリーズの可能性は広がった。しかしそれがなんと、「何をやっても「スーパー戦隊の型」の範囲内と認識されてしまう」ということになろうとは。
そしてその「型」そのものに限界を感じた時、キリのいいところで終了する決断をした。そういうことなんだろう。今やれることは全部やった。仮に女性レッドが間に合っていたとして、それでも「いつもの」に変わりないのであれば、それは世間に「新しいスーパー戦隊」を提示できたとは言えない。2回目の博打には負けた。そりゃあ落胆は避けられない。
終了とは言わず休止という表現をしているが、その期間は誰も分からないし決めてないだろう。宇宙警察シリーズが軌道に乗れば、それこそ50年、続くかもしれない。
私はスーパー戦隊シリーズが好きなのではない。もちろんこの企画を通して愛はとてつもなく深まったが、私はそもそもヒーローが好きだ。東映が作るヒーローを観て育った。
これから広がる新たなヒーローの、遥かな大地を踏みしめて、未来へのファンタジーを見届けていく準備を徐々に始めていくつもりだ。皆さんもそうしてみたらいい。
もしかあの子が、好きならば。

前作『地球戦隊ファイブマン』の感想はこちらから↓↓↓
