
『劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』をみたので感想。
鬼舞辻無惨との最終決戦に臨む鬼殺隊。鬼舞辻無惨の本拠地、無限城で、その腹心の部下たちが鬼殺隊を待ち受ける。
吾峠呼世晴による漫画のアニメ化、ついに最終章。2020年に公開され莫大な興行収入を稼ぎだした『無限列車編』からテレビシリーズを経て、諸悪の根源である鬼舞辻無惨との決戦を三部作で描く。
わたくしはテレビシリーズ1期と『無限列車編』をみていて、どちらもあまり高く評価していない。そのことは以下のブログに書いた。その考えはいまだに変わっていない。
この『無限城編』も、『無限列車編』までの演出上の瑕疵をそのまま引き継いでいる。序盤、敵地に飛び込みなんとか九死に一生を得たあとで、冨岡義勇の不可解な表情にフォーカスするくだりが象徴的だが、漫画のコマを律義に再現することが「原作に忠実」という免罪符のもとで怠惰になされているように感じられる。回想も律義に挿入され、それが戦いの時間の流れをぶったぎり映画としての持続を弱めているし、上映時間も相当に引き延ばされている。
しかし、異能剣戟アクションの極北ともいえる戦闘シーンがそれらの欠点を補ってあまりあるものであり、この映画を見事に救っている。まさにufotableというスタジオの命運をかけた総力戦とでもいうべき映画といっていいだろう。
この第1章で描かれるのは、胡蝶しのぶ対童磨、我妻善逸対獪岳、そして竈門炭治郎・冨岡義勇対猗窩座のマッチアップだが、体感ではおよそ半分くらいが猗窩座との戦闘に費やされていて、力の入りようもすさまじい。『無限列車編』では列車というロケーションが必ずしも活かされていないことにやや食い足りなさを感じたのだが、この『無限城編』では原作をはるかにスケールアップして、ほとんど『インターステラー』ばりの宇宙的な空間として立ち現れる無限城というロケーションが存分に活かされていて、その意味でも『無限列車編』からの大いなるスケールアップを感じたところだった。
原作の善なるものを徹底的に擁護する人間賛歌という根本部分には共感するが、キャラクターデザインや異能バトルの水準で必ずしもわたくしの好みではなく、かつアニメ化にあたっての演出上の方針には受け入れがたいものを感じてきた。しかしそうしたネガティブな先入観があってなお、この『無限城編』は魅力あるアニメーションであった。『空の境界』、『Fate』シリーズを経てufotableがたどり着いた、一つの到達点でしょう。