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風になっていく/白石沙季
月のテンペストのシングル『Question』に収録された 白石沙季(CV:宮沢小春)のソロ楽曲。CD音源以外ではサブスク配信にてリリースされている。
幻想的かつ黙想感のある曲調。聴いている時、瞼の裏に浮かんで来た情景は本曲が収録された月ストのシングル『Question』に描かれた満月の浮かぶ荒廃した街。この情景が『Question』よりも妙に楽曲とマッチして来るのだ。
で…その幻想的な曲調に、沙季の儚げで繊細だけれど芯の強い誠実で丁寧な歌声がリスナーの魂を掴んでいく。音を詰め込んで劇的かつ熱狂的に盛り上がっていく系統の楽曲ではないが、極力シンプルな構成にされていて、メロディと沙季の歌声を絶妙なバランスで際立たせている様に感じられた。
本曲のテーマ…真髄になっているのは、タイトルに銘打たれた『風』をどう解釈するか?最も有力で多くの人が思うのが、沙季の憧れの対象で現在その道を往く『アイドル』を『風』になぞらえていると。
それを証明しているのがイントロで差し込まれた「あの日の憧れを忘れる事なんて出来なかった……今になって」という沙季の口上。
彼女の憧れは幼き頃から抱く『アイドル』への想い。しかし、そんな想いと憧れを抱きつつも…沙季は周囲の期待に応え続ける優等生としてこれまでの刻を生きて来た。1・2番のAメロの歌詞はそんな沙季の心情を描写していると思える。
『風』というモノは目に見えない空気の流れ。夢(ここでは将来の姿の方)もまた目に見えないモノ。触れて確認できなくてもその人の魂の中にちゃんと存在していて、いろいろな影響を及ぼす。『アイドル』という夢と憧れの『風』はいろいろな形でもって沙季を包み込んでいく。穏やかで温もりを感じさせる優しさもあれば、強くて冷ややかに身体を打ち付けていったり、心の隙間に吹き込んで魂を揺さぶる……
そんな中で沙季は、自分を律しながら優等生として生きて来た。まあ、妹の千紗にはアイドルへの憧れがある事を見抜かれてたが……
沙季のアイデンティティの一つとして挙がる(あくまでも著者の勝手な意見だが…)のは、『きちんとした者』であり続けること。彼女にとってはある意味自我の確立ではあるが、同時に自身を縛る呪縛でもあった。夢や憧れを表に出して我を開放するのが良いのか?このまま我を抑え込んで優等生として期待に応えていくのか?というアンビバレントな感情との戦いが描かれる。
サビ前までの宮沢さんの歌声は、彼女特有の儚げで繊細な要素が沙季のアンビバレントな感情をより惹き立たせていってる絶妙な塩梅を醸し出す。
あと、『風』の解釈はもう一つ自分の中にある。それは、沙季がこれまで生きてきた中で巡り逢って来た数多の縁。もちろん、沙季に魂を吹き込む宮沢小春という存在もちゃんとその中にいる。
更に、その縁は人だけには収まらなくて彼女が感じたすべての要素も含まれる。全てに意味があって沙季のアイデンティティと生き様に繋がる。歌詞の「私を作るのは 私じゃないもの」は沙季に関わる数多の縁を象徴しているのだと。アイドルに憧れを抱く沙季、一方で優等生としての沙季。どちらの要素も欠くことができない大切で尊いモノ。それが共存して白石沙季という一人のアイドルと一人の人間としての白石沙季が形成されるのだ。
そして、本曲はサビに入ると風力が増す。沙季が勇気と覚悟をもって一歩前へ踏みだして『我』を解放したかのように宮沢さんの歌声も情念を宿して力強くなる。
これまで自我を抑え込んで生きて来た子が限界を超えて解放した激情だ。その勢いと強さが並外れたモノになるのは当然というところか…ただ、勢いそのままで歌い上げてるワケじゃなくて、繊細さと凛とした雰囲気は削がれることなくちゃんと静謐と渾身との共存が成されていて、聴き惚れてしまうしこちらの熱も滾らせてくれる。
これまた自分の勝手な解釈ではあるが…アイプラ楽曲にはキャストとキャラクターとの境界を曖昧にしていく楽曲がいくつかある。本曲は紛れもなくその系譜に連なる楽曲だと思う。
宮沢さん曰く、本曲は沙季がこれまでとこれからのことを前向きに考えて決起する決意の謳だと。巡って来た刻の流れを思い返し、もう一人の沙季と演者である宮沢小春とも対話を果たす楽曲でもある。
宮沢さんによって魂を吹き込まれアイドルとして存在出来た沙季と、沙季の存在によって挑戦できる好機を得た宮沢さん。彼女達は互いの魂へどれだけ楽曲を通じて寄り添えて戦えるか対話を重ねる。それは両者にとって誰にも介入する事の出来ない誠実で尊い“儀式”。そこでは、取り繕ったいろいろな輪郭が薄れて本来の沙季と宮沢さんが貌を出してくる。
何者でもないかもしれないが……逆に、何者でもなれる力が湧いてくる。沙季と宮沢さんは対話を経て、この子と一緒ならどこまでも高くて遠い領域まで往けると確信されたように思えてしまうのだ。
最後に……コレは完全な個人の趣味嗜好の話だが本曲で惜しい要素が一点ある。
その惜しい要素だが……本曲は『風』がキーワードでありテーマの根幹にある。
だとすればだ。イントロかアウトロに実際の吹き荒ぶ生の風の音を入れて欲しかった……もしかすると、楽器による機械的な風の音が入っていたのかもしれないが、やっぱり実際の風の音の生々しい要素が感じずらかったのは本当に惜しい気がしてならない。と、求めてしまうのは高望みなんだろうなと自覚はしている……