いらっしゃるかどうかは…(まあいらっしゃらないだろうがwww)
DayRe:の1stEP『Refraction』に収録された楽曲の所感&独自考察を一つにまとめた怪文書をお届けいたします。

※Overture以外の楽曲は先日アップした記事と内容は変わっておりません。
Overture
直訳すると『序曲』。オペラやミュージカルなどの冒頭に流れる楽曲。
LIVEで開演直後にアーティストの紹介的な映像に合わせて流れたりして、観客や会場全体のボルテージを煽って上げるための楽曲。
その特性が故に、曲調は盛り上がる系統のものになっていてこのEPにおいてもそのテイスト(盛り上がっていく)になっている。
楽曲の出だしは落ち着いていて、クラップや所々に差し込まれている「D・A・Y・R・E」(=DayRe:)のコーラスで徐々に盛り上がりに向けて曲が進行していくのもいい。トータルで1分ちょっとの長さで半分(30秒)過ぎ辺りから盛り上がり方は最高潮を迎える。
そして、楽曲の締め方へ至る進行もまた見事なものだ。
このままアップテンポでテンション高く突き進んでいくのでなく、徐々に落ち着いた感じにメロディが収束していく。
EPのジャケットやブックレットを見ながら本曲を聴いてもいいし、LIVEで披露されたなら流れる映像やDayRe:の5人がどういう衣装で登場して一曲目にどの楽曲で来るのかという想いに馳せながら聴き入るのもいい。
EPに収録されている楽曲や、LIVEにて流れた際は本編への期待感と興奮を完全に醒まさない。願わくば、今後のLIVEやイベントで披露していって本曲をDayRe:のLIVEの名物へ進化して欲しいなと。
プロトノイズ
1stEP『ReFraction』のリードトラック。なお、EPリリースに先駆ける形で本曲のみがデジタルリリースされ、MVも公開されている。(動画のサムネイルの橘美來さんが非常に美しい……)
本曲のテーマは『未完成のままでも』と公式発表されている。
まだ何者にもなれていない自分、世界の誰とも違う“歪さ”を『プロトノイズ』という造語で表現。葛藤する想いを抱きつつ…それらを肯定して轟かせていくんだという想いを込めた楽曲になっていると。
楽曲タイトルの独自解釈になるが……『プロト』は『最初』や『試作品』の英訳『プロトタイプ』とかで知っている人は多い言葉。『ノイズ』は『雑音』や『騒音』の意味。
『ノイズ』の意味である『雑音』を、多種多様な要素が混じり合っているという意味の『雑多』として(無理矢理だが……)として捉えてみた。
この雑多ってのは言わずもがなDayRe:の5人の歌声でもあるし、雑多な音という意味では本曲のみならずEPに収録されている楽曲全てに当てはまる。そんな楽曲陣が収録されたEPのリードトラックという意味も込められている……のかもしれない。(※個人の勝手な解釈)
楽曲のインプレッションだが、これまでリリースされているDayRe:楽曲とは明らかに路線が違う物哀しい方向の暗さを持つ挑戦的で攻めた作風だと感じた。(暗いと評したがあくまでもこれまでのDayRe:楽曲と比較しての話で、本曲がもの凄く暗いというワケでは無い)
イントロ~A・Bメロの曲調と歌詞にその暗い要素が強く感じられる。周りの人とどこか違う歪さと、まだ何者にもなれていない未熟さを痛感している心情が窺える。
そして、その暗さは刻の流れとリンクしている様にも思える。一番しっくり来た時間帯は、日が昇らない夜明け前。本曲の物語に登場する『僕』は未だ暗闇=明けていない夜の中にいる。でも、明けない夜はないと渇望していろんな負の感情に抗いつつ進んでいく。
ちなみに、この『僕』はどこの誰かって話になるが……自分はDayRe:の5人だと解釈した。歌詞の内容と曲調が、彼女達のこれまでの軌跡と様々なモノに抗おうとする魂の叫びとのシンクロ具合が実に絶妙だなと思わず膝を叩いた。
その真骨頂になっているのがサビで響かせる5人の歌声。先が見通せない真っ暗な状況だったからこそ……そこから抜け出したい、殻を破りたいという強い意志と覚悟が生まれ、朝日を浴びて全ての感情が解放されたような爆ぜる歌声に変化する。
そこには、吹っ切った潔さも漲っていて未完成で未熟な存在にしか出せない彼女達の強さと決意。コレは良い方向に振り切った者達にしか出せないもので、時に凄まじい熱と勢いを発生させて、彼女達を想いと生き様を歌に乗せるユニットでありアーティストだということをリスナーへ知らしめるのに十分な説得力がある。
本曲において自分が最も印象深かったのは、5人全員で歌声を重ねる斉唱(ユニゾン)パートが無い事。コレは本当に挑戦的だなと思う。パートの構成は、それぞれのソロを歌い継いでいく形式になっている。あえて全員の歌声を重ねない構成にしているのは個人の歌声(=雑多な歌声)を引き立させていく狙いなのかなと。
歌声が重なるのが完成形ならば、重ねずにそれぞれの歌声を独立させることで、本曲のテーマになる未完成・未熟さを表現しているのかもしれない。ソロだからこそ際立って聴こえてくる5人の剥き出しの感情が乗っている飾らない雑多だけれど力強い歌声。
洗練され整っている美しい歌声ではないかもしれないが……必ずしも魂を撃って感動に至るとは限らない。未熟で未完成な者にしか出せない雑味や叩き上げの魂に魅了されることもある。本曲はそんな剥き出しの荒削りな野性味……本能の叫びで魂を撃ち抜いて滾らせる楽曲なのだと思い知らされる。
自分の中に秘められている無限の可能性は自分自身では気付きずらいなんて言われる。それは楽曲というモノにも当てはまる。
だからと言って、自分自身や楽曲の限界領域を超えるためのチャレンジを諦めたら何の進展はない。DayRe:の5人はこれまで戦い続ける事を諦めなかったから、遠い夢だったユニット結成が叶って現在に至る。
何者でもなく、何も出来なかった者達にしか謳えないこの楽曲。
言うなればこの5人…橘美來、相川奏多、宮沢小春、夏目ここな、日向もかにしか謳えない反骨の魂が宿る『生命の謳』であり『アンセム』なのだ。
ただ、水を差す様で申し訳ないが……この楽曲は真の完成には至っていない。あくまでもカタチだけ。そこからは、彼女達がどれだけこの楽曲に血を流して強くさせる事が出来るかだ。そうなるにはどれだけの刻と披露の機が必要なのかは分からない。ただ、その過程を追っていける事は本当に楽しみで仕方がない。
これからいろんな過程を経ていって…真の完成に至ったその刻こそ『プロトノイズ』が、数多のリスナーの魂へ届く刻なのかもしれない。
鏡面上、今、レーゾンデートル
EPリリース前にDayRe:のYouTube公式チャンネルでEPに収録された全楽曲のハイライトメドレー(要はサビメドレー)が公開された。そこで本曲のサビを聴いたインプレッションは、ダンスミュージックテイストでアグレッシブ感ある格好良い系の楽曲。
ここまで振り切れてるサビの構成なので、フルサイズはどういったものになっているのかは非常に期待して楽しみにしていた。それほどの鮮烈なインパクトを受けたと言っても過言じゃなかった。
そんな期待を抱きつつ本曲のフルサイズを聴いた瞬間……虚を突くかのように静かに落ち着いたテイストのイントロで完全に戸惑った。圧倒的に『静』の要素に振り切った雰囲気からどうやってサビの爆発力へ繋がるのか?と。イントロからAメロの区間にダンサブル要素が感じられないのも戸惑いを助長させていくモノになっている。
歌詞の方も極端な『静』と『動』のギャップでもって、理想と現実との狭間で葛藤している感情の起伏が見事にメロディと調和していく。また『君』への解釈をするが…本曲の『君』は理想とするもう一人の自分自身だと捉えている。
Aメロ部分は、理想を追い求めるが上手くいかない閉塞感に苛まれ葛藤する心情を表すかのような歌詞とメロディとなっていて、この箇所を歌う相川さんと日向さんの歌声は抑え気味で憂いを帯びている。声そのものが強い相川さんと日向さんが歌うことによってAメロの閉塞感がより際立つ。
階段をゆっくりと登っていくような明瞭さを出していくBメロを橘さんの凛としていて晴れ晴れしい歌声と、繊細で儚げだが情念を纏う宮沢さんの歌声で彩る。彼女達は清涼感ある歌声で吹っ切れたような潔さを醸し出していく。ただ、あえて歌い上げなかった事がサビを活かすことになる。
そして…サビで本曲の隠されていた貌が露わになる。
固く閉じられていた堰(せき)を切るかの如く、抑えられていた感情が一気にどっとあふれ出す勢いを、アグレッシブでパワフルな相川奏多の歌声で火を点けて爆ぜさせて『動』の要素へ持っていく。この『静』から『動』、閉塞感からの解放といった逆転のカタルシスがとにかく突き刺さって痺れるのだ。
おそらく、彼女が好んでいるのもあるが、こういう楽曲は相川さんの歌声と非常に親和性が高い。
サビで言うと、夏目さんの歌声もまた素晴らしい。相川さんのパートから歌い継ぐカタチで、彼女のハスキーな低音の響きを活かした歌声でその勢いを削ぐことなく更なる盛り上がりへ導いていく。
勿論、サビだけではなく2Aのアンニュイさのある歌声は、サビでの格好良さと違って艶やかな色香を纏い聴き惚れてしまう。これもまた彼女の歌声の真骨頂。
『静』から『動』への極端な変遷と、スタンダード(王道的)ではない楽曲構成は、理想と現実とのギャップで「自分はどう在りたいのか?」という揺れ動く心情をダイレクトに表現している。
タイトルの鏡面とは鏡の面のように反射率の高い表面を指す用語。それと、表面加工の種類の一つで金属の表面や塗装面を、反射して物が映る鏡のように煌びやかに仕上げること。
ただし、鏡面上という言葉は存在していないので、おそらくは表面上(見てくれを取り繕うや外見)にかけていると思われる。(真偽は不明)で、レーゾンデートルはフランス語で存在意義・存在理由という意味だそうな。
本曲の物語において苦悩している人物が理想とする姿は、ざっくり言うと隙が一切無い完璧な人間で在りたいのだろう。まあ、世の流れ的に他者へ対して完璧に近い人を求める傾向があってマジョリティ(多数派)に寄りすぎる。それが故にいつの間にか自分自身を鎖で縛ってしまう。
でも、んな完璧な人間ってのは存在しない。5人の歌声はそんな多数派の声へ真っ向から抗う想いと魂からの叫びだ。そんな想いと魂が集約されているのがこの歌詞ではないだろうか。
君のあとを追いかけては 届かない錯覚
まだ今 立てなくても ただ
等身大の弱さで光りたい
―DayRe:『鏡面上、今、レーゾンデートル』より引用
このラスサビのパートは、5人が激情を解放した歌声で畳み掛けるような進行になっていて、「等身大の弱さで光りたい」で5人の歌声が一斉に揃う箇所は本曲における最高潮のクライマックス。だからこそ、彼女達の歌声にもより力強さが漲っている。
曲初めとラスサビで用いられている「黎明」という歌詞。これも本曲の大きなポイントだと考える。夜明け、明け方という意味。新しい時代や物事が始まろうとする時期という意味もある。
歌い出しではコーラスになっていて、この時ではまだ自分の存在意義に葛藤して苦悩に苛まれている状況。静かに囁く、あるいは呟いてるように聴こえるのは心の声ということなのかもしれない。変わりたいけどその先の一歩が踏み出せない夜明け前みたいな。
しかし、ラスサビでの「黎明」は5人が歌うパートへと変化していて、「私で光りたい」という歌詞まで加わっている。ここでの歌声は自分自身の『我』と貫こうとする信念の表れか。
「私で光りたい」。そう、これはDayRe:の『決意と誓いの歌』。
鏡面加工されて整った偽りのモノじゃなく、荒れ放題で不完全だけど……偽らないありのままの自分自身を見せつけていく。それは、実際に本曲を歌う彼女達の現状と多分に重なり合っていく。だからこそ彼女達が叫ぶ『等身大の今』にはチカラが宿って、掛け値なしに彼女達の言葉なのだと思う。
Tiny Little Twinkle
リードトラックの『プロトノイズ』と2曲目の『鏡面上、今、レーゾンデートル』は、激しい感情を叩きつけるようなハードなテイストの楽曲。しかし、本曲は一転して、1980年代に流行したといわれるシティポップス(シンセポップス・テクノポップ)テイストの楽曲に仕上がっていると感じられた。
いい意味でのアンニュイさ(脱力感)と流麗さが共存して不可思議なテイストを醸し出していく。勿論、本曲だけ聴いても素晴らしい楽曲だが、EPの流れで聴いてみると前の2曲とのギャップの差でもってより沁み入ってくる。未知への不安ではなくどちらかと言えば好奇心が刺激される方向のワクワク・ドキドキ感か。
曲全体の構成も複雑になっていて、歌詞に英語のフレーズが多く入ってたりラップパートも差し込まれていて曲調はゆったりしたテンポではあるが、この2つの要素によって体感的にはそこまでゆったりしていないと自分は感じられた。
歌詞を読んでみると、「恋」という直接的なフレーズと恋愛がもたらす刺激によって変化していく心模様を表現していて、ありのままで言えば本曲はラブソングとして捉えてもいいのだろう。しかし、ラブソングだけの枠に収まるワケじゃないらしい。
「好き」という感情は恋愛のみではなく、友人に抱く感情でもあり物や作られた存在(何かのキャラクター)に向ける多種多様な深愛の情がもたらすときめきを本曲から感じて欲しいと……日向もかさんはインタビューで語っていた。
楽曲タイトル『Tiny Little Twinkle』の直訳は「とても小さいきらめき」。前述でも触れたが、そのきらめきは、感情の昂り=ドキドキ・ワクワク感に繋がっているのだろう。
ただ、冒頭でも触れたが本曲はアンニュイで不可思議感のあるテイスト(※あくまでも個人のインプレッション)ポジティブに振り切ってもいないし、かといってネガティブに寄りすぎてもない。捉え方次第ではあるが……どちらの要素を感じられるようなギリギリのラインを攻めていると自分は感じた。
5人の歌声も、アンニュイさや不可思議感を醸し出しメロディと絶妙にマッチしていく。その中でも際立って聴こえたのが宮沢小春さんと夏目ここなさんの歌声だった。
宮沢さんの歌声は繊細で儚げだけども芯がある。夏目さんの歌声はハスキーさの中にある甘々な部分。彼女達の歌声の核になっている要素が本曲のアンニュイさと不可思議なメロディとの親和性が絶妙に絡み合っていって、二人のユニゾンは柔和に響いてスッと沁み入ってくる聴き心地の良さだけじゃなく聴けば聴くほどクセになる中毒性へと昇華する。
本曲はEPを通して聴いていく中で一番DayRe:の新しい一面が見られる楽曲だと日向さんは語られていた。その点でも、DayRe:の新境地と魅せ方を切り拓いた楽曲。
楽曲単体で強いってのもあるし、EPやLIVEの流れも変えられるチカラもある楽曲。おそらくどの局面でも本曲はそのチカラを遺憾なく発揮できるポテンシャルがある。こういうギャップの差をつけられる楽曲を持っているアーティストは強いと勝手ながら思う。
Not a dream
曲調と5人の歌声からは、ほのぼのして心が解されて和むインプレッションを抱いた。表面上だけを評するなら、本曲は癒し系の楽曲になるのだろう。
『癒し系』の雰囲気を醸し出しているのは宮沢小春さんの歌声。彼女の繊細で柔和な歌声から感じられる可愛らしい歌声とメロディとの親和性が見事に合致して聴き心地の良さへと至る。
宮沢さんの柔和でナチュラル(いい意味で飾り気のない)可愛らしい歌声の真骨頂が発揮されるのが、彼女の謳う落ちサビだと思う。
まだ先の見えない未来は
不安と期待 半分で
夢見るだけじゃ 物足りないんだもん
―DayRe: 『Not a dream』より引用
宮沢さん曰く、このパートの歌詞は、ちょっと暗めなことを言いつつ…可愛い雰囲気でもってあんまり重く捉えずポップにカジュアルに受け取っていただけたらと語っていて、本曲自体キュートで落ち着いたテイストってのもあるが、落ちサビの特性によって彼女のボーカルはより強調されて響いてくる。
あくまでも個人の感覚だが……例えるなら、乾いた砂地に水を撒いてジワッと砂に水が徐々に沁み渡る様子を見ている感じで、宮沢さんの柔和で可愛らしい歌声が魂へ沁みてくるのが実に心地良い。
特に、「物足りないんだもん」の語尾である「だもん」の歌い方が非常に可愛いッ!
不可思議なミステリアスさとマイペースさで掴み所がない所はあれど、論理的で落ち着いている印象の彼女がこの箇所で子供のような口調になっているのは、完全に不意を突かれたギャップで撃ち落されてしまうのである……彼女はいい意味で本当にズルい人だなと思い知らされる。
他のメンバーの歌い方に話を移すが、橘さんと日向さんは器用に本曲の核になっている可愛らしい歌声を存分に響かせている。声そのものが強い橘さんと日向さんは、宮沢さんの柔和でナチュラルな可愛さと違うベクトルになる活発な可愛さが宿っているように感じた。
一方で、本曲を歌うのに苦戦したと語っていたのは、相川さんと夏目さん。
「大分苦戦した。結構苦戦した」と語っていた相川さん。夏目さんは「なるべく、ハスキーな声を出さないように頑張った」と語るが…「私のハスキーは消えない…こういったふわふわしている楽曲は歌えない」と零す。
この話を踏まえて、本曲での相川さんと夏目さんがどういったアプローチで核になっている『可愛らしさ』を歌声に乗せているのか?にポイントを絞って聴くのも面白いかもしれない。自分の印象では、彼女達の歌声からは抱いた苦手意識と本曲に真っ向から向き合って得られた彼女たちなりの『答え』が歌声に出ていたのではと思っている。
ここまで本曲は可愛いやら癒される楽曲と評したが、それは本曲の表面上の顔にすぎない。歌詞を読んでみると、何気ない日常の理想と現実とのギャップをテーマにしているとの事。
1番では、朝目覚めてからイメージしている理想の1日を思い描いて心躍る様子が描かれる。しかし、2番に入るとそんな理想は打ち砕かれる。「そうよ あんなに上手くいくわけないのよ いつも通り」の歌詞がより鋭く突き刺さってここは暗さの面がより際立つ。
2Aを歌うのは夏目さん。(だと思う…)前述で「私のハスキーは消えない…」と零していたが、彼女の低音の歌声により2番の核になっている現実に打ちのめされた感がよく表れている。
Cメロに入ると、楽曲はまた違った表情を見せる。ままならない現実に向き合って、試行錯誤を繰り返しながら必死に抗い未熟だけどそれがありのままの自分であると叫ぶ。と、書いたが……メロディと歌声は本曲の核であるカジュアルでポップな雰囲気は損なわれていない。
で、ラスサビの歌詞は、思い描く理想にならなくても突き進もうとする意志の強さが描かれる。
思うようにいかない事の方が多い世の中ではあるが…全てが重苦しくなるワケじゃない。アプローチをちょいと変えてみたらうまくいくって事は日常生活においては意外と多かったりするのだ。ラストフレーズの歌詞はそれを表現されている。
毎日毎日 積み重ねて Ah ゆめじゃない
ゆめじゃない
―DayRe:『Not a dream』より引用
いい事もそうじゃない日常に意味はちゃんとあって尊いものであり、その日常こそがその人にとっての完璧な日々であり何気ない日常でもある事に本曲の主人公は気づいたのかもしれない。
ラストフレーズの「ゆめじゃない」の歌い方は、低い音から高い音へ上がる歌い方。
最後だからといって明瞭に歌い上げるのでなく、ただ優し気で魂が和む余韻を残していく歌声が堪らなくいい。
Overself
1stEP『ReFraction』の最終楽章として収録された楽曲。
『Overself』という単語は一般的には使われない単語らしいとの事。『Over』の訳は、~の上にとか~を超えて。『self』の訳は、自身、自己、自我。…この二つの単語の訳を組み合わせて『自分自身を超えて』というところか。
理想の自分を目指しながらも…今の刻を頑張っている自分もちゃんと愛していこうというメッセージが込められているとの事。本曲も理想と現実のギャップに苦悩する葛藤がテーマにある。
歌詞に登場する私は現在の刻を生きて理想の自分を追っている存在。“アタシ”は私が理想としている自分。そして、『I』は『私』と“アタシ”が統合された本当の自分自身というところか。
曲調は、軽妙で爽快感と疾走感を醸し出しているバンドサウンド。
イントロはその軽妙さが強く出ているが、Aメロは軽妙さでなくベースとドラムの低音を主張させて、理想を追い求める自分と理想に全然届いていない現実の自分との葛藤を表現していて、低音のメロディと歌声を強調させることによって焦燥感、苛立ち、劣等感といった負の感情が際立つ。
しかし、Bメロでは暗さを強調している低音が支配する中ではあるが……未来の刻を見据えて動こうとする気概を覗かせてサビへと渡していく。
全部愛して ほら「I」して 強がる今の自分も
全部ほら愛して ほら「I」して
いつもの弱い自分も“アタシ”だから
いつかあの影よりも大きな 私が
“アタシ”のために歌う歌
―DayRe:『Overself』より引用
このサビの歌詞は、『私』の魂からの叫びなのだろう。現在の刻の『私』は理想を追い求めすぎて自分自身の在り方を見失ってしまった。そんな弱い自分を嫌悪し外では見せたくなかったが故に強い“アタシ”=思い描く理想の自分を演じてきた。だが、それはあくまでも仮の姿で本当の自分じゃない。“アタシ”という幻影に魂が囚われてしまったのだ。
それでも……弱くて至らない自分は今の刻を何とか生きているワケだ。じっくり内省してもう一人の自分と対話を重ねて、いろいろと試してもがいて抗っている自分を愛してやれと。弱い私、理想の強い“アタシ”もひっくるめての『I』=自分自身なのだ。
ここまで強調されて来た低音から、一気に突き抜けていくかの如き高音域への転換。
溢れ出てくる感情を抑制し切れない、完全に吹っ切れて解き放たれたような清々しい歌声が響く。ここでの張り上げた高音域は結構高い音域で、まさに自分自身の限界領域を超えようと抗う気迫が歌声に乗っかっていて実に聴き心地がいい。
聴き終わって抱いたインプレッションは、自分自身に向けた応援歌であり、自分自身を褒め称える賛歌でもあると。勿論、他人に対して向けた応援歌・賛歌という解釈でもいいと思っている。
そして、本曲は『共感』もテーマになっていると思われる。誰しもが経験した理想と現実とのギャップは避けられない人としての性(さが)であり、実際に本曲を謳う彼女達だけじゃなく我々にも当てはまる。だからこそより多くの人の魂に深く訴えかけて共感に至ると。
そんな共感の極致が宮沢小春さんと相川奏多さんの言葉に宿っていた。
宮沢さんは「LIVEの最後やアンコールとかにこの楽曲をみんなで歌いたい。お客さんと一緒に盛り上がりたい気持ちがあるので」と語り、相川さんは「コーラスもあるので一緒に大合唱。肩組んで大合唱したい。そういう楽曲もあっていいんじゃないか」と語っている。
『X』のDayRe:公式アカウントには、本曲のサビコール動画がアップされている。
#DayRe: #Overself
— DayRe: (@dayre_official) 2025年11月29日
📣サビコール動画
こちらも是非コール・振りをしてみてください💪 pic.twitter.com/gW9ROlrHUl
こういうモノを公の場に出すという事は、彼女達が本曲で一番盛り上げて欲しい所だという願いだ。その願いに応えるかどうかはそれぞれの自由ではあるのだけれど……自分の想いは、彼女達が手を伸ばして差し出した本気の想いと魂にはこちらも手を差し出して応えなくてはならないと思っておる。
そして、多くの人の声を合わせて想いと魂が繋がれた刻と場が、本当の意味で本曲に血が流れて……
私が“アタシ”の為に歌う唄として、真の完成に至るのかもしれない。
最後に。
1stEPのタイトルに銘打たれた『ReFraction』は直訳すると屈折という意味。
DayRe:の公式サイト(ポータルスクエア)によると、思い描く理想とは違う現実に直面した時の想いや葛藤を『屈折』というフレーズに込めたと。
そして、『Re』と『Fraction』それぞれでも意味が成り立つとの事。『Re』はユニット名にも毎打たれたフレーズであり、ユニットデビューから半年経って……改めて自分達やその足元を見直して再び駆け出す『Restart』の意味もあり……
『Fraction』の訳は断片で、メンバー5人それぞれの個性とこのEPに収録された楽曲という意味もあるのだろう。楽曲や5人のパフォーマンスもそうだが、EPのタイトルにも細かなこだわりが感じられ本当に素晴らしいEPだなと改めて思う。
このEPに収録された新曲は自分達にとって「心強い武器」だと橘さんは自信を持って評された。それ(楽曲=武器)を強化して来るべき戦いの刻に備えたいと。
もうね。こういう言い回しは、個人的には非常に好感が持てる素晴らしいコメント。そう、EPに収録された楽曲はあくまでも仮の完成品だ。ここから彼女達が戦う事で血が流れていって真の完成へ至る。
勿論、カタチだけとは言っても楽曲と巡り逢ってから彼女達が向き合って熟考して悩んで試行錯誤してきた刻に偽りは無いし、いろいろ悩んだ刻は決して彼女達を裏切らない。
いろんな楽曲があって、いろいろな歌い方や魅せ方もできる。本当にこれから多くの人がこのEPに収録されている楽曲やDayRe:自体を知っていって欲しいと切に願わずにはいられない。
そんな想いと願いをもってこの怪文書の筆を置いて、本稿の締めとさせていただきます。