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DayRe:楽曲ライナーノーツ#5 鏡面上、今、レーゾンデートル

 鏡面上、今、レーゾンデートル/DayRe:


 1stEP『ReFraction』の3曲目に収録されている楽曲。


 EPリリース前にDayRe:のYouTube公式チャンネルでEPに収録された全楽曲のハイライトメドレー(要はサビメドレー)が公開された。そこで本曲のサビを聴いたインプレッションは、ダンスミュージックテイストでアグレッシブ感ある格好良い系の楽曲。

ここまで振り切れてるサビの構成なので、フルサイズはどういったものになっているのかは非常に期待して楽しみにしていた。それほどの鮮烈なインパクトを受けたと言っても過言じゃなかった。

 そんな期待を抱きつつ本曲のフルサイズを聴いた瞬間……虚を突くかのように静かに落ち着いたテイストのイントロで完全に戸惑った。圧倒的に『静』の要素に振り切った雰囲気からどうやってサビの爆発力へ繋がるのか?と。イントロからAメロの区間にダンサブル要素が感じられないのも戸惑いを助長させていくモノになっている。

歌詞の方も極端な『静』と『動』のギャップでもって、理想と現実との狭間で葛藤している感情の起伏が見事にメロディと調和していく。また『君』への解釈をするが…本曲の『君』は理想とするもう一人の自分自身だと捉えている。

 Aメロ部分は、理想を追い求めるが上手くいかない閉塞感に苛まれ葛藤する心情を表すかのような歌詞とメロディとなっていて、この箇所を歌う相川さんと日向さんの歌声は抑え気味で憂いを帯びている。声そのものが強い相川さんと日向さんが歌うことによってAメロの閉塞感がより際立つ。

階段をゆっくりと登っていくような明瞭さを出していくBメロを橘さんの凛としていて晴れ晴れしい歌声と、繊細で儚げだが情念を纏う宮沢さんの歌声で彩る。彼女達は清涼感ある歌声で吹っ切れたような潔さを醸し出していく。ただ、あえて歌い上げなかった事がサビを活かすことになる。

 そして…サビで本曲の隠されていた貌が露わになる。
固く閉じられていた堰(せき)を切るかの如く、抑えられていた感情が一気にどっとあふれ出す勢いを、アグレッシブでパワフルな相川奏多の歌声で火を点けて爆ぜさせて『動』の要素へ持っていく。この『静』から『動』、閉塞感からの解放といった逆転のカタルシスがとにかく突き刺さって痺れるのだ。

おそらく、彼女が好んでいるのもあるが、こういう楽曲は相川さんの歌声と非常に親和性が高い。

サビで言うと、夏目さんの歌声もまた素晴らしい。相川さんのパートから歌い継ぐカタチで、彼女のハスキーな低音の響きを活かした歌声でその勢いを削ぐことなく更なる盛り上がりへ導いていく。

勿論、サビだけではなく2Aのアンニュイさのある歌声は、サビでの格好良さと違って艶やかな色香を纏い聴き惚れてしまう。これもまた彼女の歌声の真骨頂。


 『静』から『動』への極端な変遷と、スタンダード(王道的)ではない楽曲構成は、理想と現実とのギャップで「自分はどう在りたいのか?」という揺れ動く心情をダイレクトに表現している。

タイトルの鏡面とは鏡の面のように反射率の高い表面を指す用語。それと、表面加工の種類の一つで金属の表面や塗装面を、反射して物が映る鏡のように煌びやかに仕上げること。

ただし、鏡面上という言葉は存在していないので、おそらくは表面上(見てくれを取り繕うや外見)にかけていると思われる。(真偽は不明)で、レーゾンデートルはフランス語で存在意義・存在理由という意味だそうな。

 本曲の物語において苦悩している人物が理想とする姿は、ざっくり言うと隙が一切無い完璧な人間で在りたいのだろう。まあ、世の流れ的に他者へ対して完璧に近い人を求める傾向があってマジョリティ(多数派)に寄りすぎる。それが故にいつの間にか自分自身を鎖で縛ってしまう。

でも、んな完璧な人間ってのは存在しない。5人の歌声はそんな多数派の声へ真っ向から抗う想いと魂からの叫びだ。そんな想いと魂が集約されているのがこの歌詞ではないだろうか。
 


 君のあとを追いかけては 届かない錯覚 

 まだ今 立てなくても ただ 

 等身大の弱さで光りたい


 ―DayRe:『鏡面上、今、レーゾンデートル』より引用

 

 このラスサビのパートは、5人が激情を解放した歌声で畳み掛けるような進行になっていて、「等身大の弱さで光りたい」で5人の歌声が一斉に揃う箇所は本曲における最高潮のクライマックス。だからこそ、彼女達の歌声にもより力強さが漲っている。

 曲初めとラスサビで用いられている「黎明」という歌詞。これも本曲の大きなポイントだと考える。夜明け、明け方という意味。新しい時代や物事が始まろうとする時期という意味もある。

歌い出しではコーラスになっていて、この時ではまだ自分の存在意義に葛藤して苦悩に苛まれている状況。静かに囁く、あるいは呟いてるように聴こえるのは心の声ということなのかもしれない。変わりたいけどその先の一歩が踏み出せない夜明け前みたいな。

しかし、ラスサビでの「黎明」は5人が歌うパートへと変化していて、「私で光りたい」という歌詞まで加わっている。ここでの歌声は自分自身の『我』と貫こうとする信念の表れか。


 「私で光りたい」。そう、これはDayRe:の『決意と誓いの歌』。


 鏡面加工されて整った偽りのモノじゃなく、荒れ放題で不完全だけど……偽らないありのままの自分自身を見せつけていく。それは、実際に本曲を歌う彼女達の現状と多分に重なり合っていく。だからこそ彼女達が叫ぶ『等身大の今』にはチカラが宿って、掛け値なしに彼女達の言葉なのだと思う。

 

 

 




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