今年の一月。“彼女達”を見ていく刻の中で、ずっと切望していた一つの朗報……『ミュージックレイン3期生 ユニット結成決定』が告げられた。そして、ユニット名&デビュー曲お披露目会が五月に開催されるとの報も告げられた。
その当時は、まだ先の話か~なんて思っておったが、目前に迫った今となっては、刻が経つのは本当に早いものだとつくづく実感、いや…痛感させられる。
それはそれとして、前にも書いた様に、お披露目という晴れ舞台を祝えて喜びを共有できる場と刻を設けてくれた事は本当に有難くて感謝の念に溢れている。
彼女達五人の新しい門出となるユニット名発表&デビュー楽曲お披露目は五月五日。この五月というのは新緑の候なんて呼ばれていて、季節が春から初夏へと移り変わる時期で若葉が生い茂る頃合いでもある。まあ、新しい生命が宿っていく季節でもあるのか。
完全な私見の域だが……この時期に新たな門出を祝うイベントを開催する意味ってのがあって、そこには3期生をここまで支えてきたOTONAの想いがあったのだろうと思えてならなかった。
前述の通り、五月ってのは新緑が映える季節で新たな生命が宿っていくとも称される。
それと、この時期の季節イベントで五日には『端午の節句』で『こどもの日』という祝日でもある。しかし、端午の節句の内容と彼女達とは違っている部分はあるが、いくつかの風習に彼女達が先輩ユニットの様な今後の雄飛を想っていたと勝手に思う。
この五月近辺の時期によく見られるのは民家からこいのぼりを飾る所を見かける。こいのぼりを飾る意味は、「立身出世」と「健康的で強く育つように」との2つの願いが込められていると言われる。鯉が滝を登りきると竜になるというこいのぼりの起源となる伝承の様に、3期生の子達もユニット結成を切っ掛けにしてブレイクして欲しいという願いを込めたのだろう(おそらくは……)
そして、端午の日には柏餅を食べる風習がある。餅を包んでいる柏の木の葉には冬になっても葉がついたままで、新芽が出てきてから古い葉を落とすという特徴があり、新芽=後継ぎとして捉えられ子孫繁栄や長寿などの縁起を担ぐ意味が込められているといわれる。これまた縁起の良い食べ物だ。現代では一年中売られておるが……おっさん(著者)がガキの頃はこの時期でしか食えんかったと脳ミソは記憶しておる。
と、まあいろいろこじつけてみたが……コレは自分の妄想に過ぎないwww
この日にイベント開催に踏み切ったのは、世間ではゴールデンウイークという大型連休の真っ最中で集客の見込みが大きいだろうという目論見があったんだろうし、会場がその時期に空いてたっていうだけの身も蓋も無い理由かもしれない。それと、デビューして五年経ち、彼女達も五人いて…2025年5月5日という5が並ぶ刻に引っ掛けたという解釈も出来る。そこの真意はあえて語らなくてもいい。
そんな新たな門出を前にしている3期生の子達は、今、何を想うのか。
勿論、彼女達の心中は分からん。不安は当然感じてもいるのだろう。でも、それ以上に未来の期待がその不安を上回って武者震いしてるかもしれない。我々も正式なユニットとして動く事を待ち望んでいた様に、当の彼女達が最も待ち望んでいた様に思える。
『自分達は何もできなかった世代』と彼女達はかつて悔しさを声に出して吠えた……正直、これまでの刻でキツかった事の方が多かったのは想像に難くない。
今更ながら思う。未来の希望を抱いていろいろ耐えつつ、諦めて戦わない事を諦めてくれて本当にありがとうと。
ただ……新たな生命と名を授かっても彼女達への風当たりってのはキツいのだろう。でも、そこに反撃の機がちゃんとある。これまでの戦いで培って来たスキル。当然それは五人の最大の武器。それよりも……五人の絆とPRIDE、苦難に遭っても挫けなかった魂の強さ、数多の縁、エモーショナルな要素をスキルやテクニックで隠さない潔さ、そこには本物の強さが宿る。
ちゃんと頑張って前に進んでも絶対に報われる確約が無いのは世の理かもしれない……それでも、この五人なら必ず世間の注目を集められるだろうという期待感を抱かせてくれる。
コレを書き殴ってる時点では明後日か。ミューレ3期生ではなく、新たな生命と名を得て世に解き放たれる。彼女達の物語としては出来過ぎてるぐらいに完成度は高い。
前述でも触れたが、彼女達が諦めないでこの五人と共に在りたいと願い、切磋琢磨して戦って来た成果の賜物だ。そんな彼女達の新たな門出の瞬間に立ち会える……本当に素晴らしい事なのだと思う。そして……五人の晴れ姿と喜びに溢れた魂の声を出来得る限り受け止めて記録として残したい。
何も出来なかった世代による反撃の物語の幕は上がった。この五人ならこれからどんな苦難に遭ってもちゃんと戦える。確証や根拠は一切無い。ただ、信じてる。それが俺の答えなのだ。