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アジャイルじゃなくていいのに

アジャイル開発プロセス(批判)の話ではなく、汚れちまった「アジャイル」という単語に関して考えたこと。まあ、流行るということは、こういうことなんですかね。

大衆化/ファッション化する「アジャイル」とは

 最近読んでいる「FRICTION(フリクション) 職場の問題を解決する摩擦の力*1が良い言語化をしているので、まずは引用させていただく。ちなみにカーネマンが引き合いにでているがそれは「NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか?」の話*2である。

 長年、アジャイル・ソフトウェアにまつわる運動には大いに魅力を感じてきたが、『フリクション・プロジェクト』では「アジャイル」という言葉を使わないようにしている。種々雑多なアイデアの売り手たちが混乱を招く専門用語を並べ立て、「アジャイル」の旗のもとであまりに多くのツールや本、講演を売り込み、あちこちの職場にまん延するありとあらゆる病の治療法として、それらをすべてしつこく宣伝しているせいで、そんなもつれ合った情報の洪水を理解したり、解消したりすることはもはや不可能となっているからだ。
 カーネマンなら、各人が「アジャイル」と見なす言葉や方法があまりに多様化したために、ノイズの多い「アイデアのランダムなばらつき」に陥ってしまったということだろう。

 アジャイルソフトウェア開発のコアとなる考え方の有益さに疑うべき点はない。現代のソフトウェア開発の主流はアジャイルソフトウェア開発であるともいえる。しかし、ソフトウェア開発の枠組みを超えてなんでもアジャイルと言うようになってしまったのだ。結果のしてアジャイルという単語の無意味化が進んでいると思うのは、わたしだけだろうか。むしろいまさらアジャイルと言われると怪しげな話ではないかと疑うようにもなっている。

 なおソフトウェア業界の内部でも手法のファッション化について警鐘を鳴らすような動きはあったのだが、結局はビジネスという名の大きな流れに飲み込まれてしまい立ち消えてしまったのは残念だ。

 さまざまなアプローチが、ソフトウェアプロダクトの提供に構造と規律を与えている。だが、こうした手法やプラクティスの数は爆発的に増えている。なかには成功しているものもあるが、失敗したものや非常にコストのかかるものもある。多くの手法において、熱狂的なクリエイターとフォロワーの関係は「宗教」のようになっている。手法の人気はまるでファッション業界のようである。それぞれの違いがきちんと理解されておらず、人為的に拡大されているからだ。

似非アジャイルにだまされないためのチェックリスト

 というわけで、最近「アジャイル」という単語を聞くとだいぶ懐疑的になっているのだけれども、だまされないためにはどうしたらいいのだろう。例えばこんなチェックリストはどうだろうか

別に原理主義になりたいわけではないのだけれども、モヤモヤしている今日この頃である。皆さんはどうですか

*1:この本はとても良いので別途記事を書きたいと思っている。仕事に関する摩擦=フリクションをどのようにコントロールするかについて書かれた本である。

*2:正しく判断するためにはバイアスとノイズの両方を理解する必要があるということについて書かれていた本。有名な「ファスト&スロー」はバイアスについて扱っていたので、続編の本書はノイズについて扱っている。行動経済学には再現性などについての批判もあったが示している観点には有効なものも多いので興味があれば読んでみるとよいだろう




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