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読書感想:熱学思想の史的展開 第4部

カルノー登場。そしてジュールとケルヴィン卿も。

個人的なことであるが、私は高校の時にカルノーサイクルのP-V図が全然分からなかった。というのも、私の頭の中には蒸気機関のイメージがあって、つまり液体の水が蒸気になってそれがまた冷やされて水に戻るというイメージがあったわけだが、カルノーサイクルのP-V図では気体-液体という相変化は表れていなくてすべて気体であるかのように思えたからである。そのあたりがどうもピンと来なかったのだ。

第4部 熱の動力:カルノーとジュール

サヂ・カルノーが(生きている時に)出版した論文は一つだけであり、それがカルノーサイクルについての論文である。しかも、その論文はほとんど注目されなかった。

これは画期的な論文であって、熱と仕事との関係を求める物だが、理想的な熱機関を仮定してその上で効率の限界を探るというもの。

私の関わる分野で言えば、チューリングチューリングマシンについての研究に相当するような研究の最初のものだと思える。

しかし、この論文は機械の研究者には直接役に立たず、また難しい点もあり、逆に理論的な熱学の研究者にとっては、あまり関心を引かない機械の効率の話ということで、注目されなかったのである。

もうひとつの問題点は、カルノーのこの論文は熱素説に基づいていたということであり、熱量保存を前提としていた。

その前に、ジェームス・ワットによる蒸気機関の改良がある。ワットによる改良点は多くあるが、カルノーとの関係で重要なのは凝縮器の分離であろう。ワットはそれ以前の蒸気機関ニューコメン機関の模型がうまく動作しない理由を考えて、冷却の重要性に気付いた。これは熱ではなく温度差が重要であるというカルノーの考えの元になっているようだ。また、蒸気をピストンの移動の途中までで入れるのをやめてその後は断熱膨張でピストンを動かすという改良を考えた。(これは特許の書類には書かれているが、実際に応用されるのは特許が切れた後に作られた高圧機関になってから)。これは技術的には蒸気の節約だが、カルノーサイクルでの断熱膨張過程に相当する。ワットは改良点を理論的に考えて導き出していて、理論家寄りの技術者と言えるだろう。

ワットによる蒸気機関の改良の影響を受けているとはいえ、カルノーサイクルは純然とした理論的な機関なので、蒸気機関とは違う点も多い。まず熱を伝える媒体であり膨張・圧縮する気体は理想気体(またはそれに近いもの)であり、サイクルの低温部でも気体である。次にカルノーサイクルは準静的変化をする、つまりゆっくり動く。

蒸気機関の動作原理は温度差による熱の移動であって、水が蒸気になる時に何倍になるとかいうことは本質ではない。

ともあれ、カルノーは(熱量保存説に基づいて)仕事をするには温度差が必要であることを証明したのである。

ここでちょっと私が面白いと思ったのは、カルノーサイクルが最高効率であることを証明する際に、それより効率のよい機関があれば、高効率の機関で熱を高温部から低温部に移動して仕事を得、次のその仕事の一部を使ってカルノーサイクルを逆に回して熱を低温部から高温部に移動させることが出来る。すると効率の差だけの仕事が何の変化も無しに得られる、これは永久機関を意味するからあり得ないというもの。

この時点では熱力学の第一法則(エネルギー保存則)はまだ出来ていない。つまり、エネルギー保存則以前に、(第一種)永久機関の方がアプリオリに否定されているということである。

ともあれ、カルノーの画期的な論文はほとんど注目されなかった。

ジュールの前に熱波動論が挟まれる。

これは光の波動説と赤外線の発見から。偉大過ぎる人ニュートンが光の粒子説の立場だったために光の波動説は遅れた。しかしひとたび光の波動説が勝利を収めると、それは熱にも適用されるようになる。

ここは飛ばすが、カルノーも熱素説を捨てて熱波動説さらに熱力学第1法則に到達していたという。これはカルノーの遺稿から分かることであり、出版は1878年カルノー1832年に32歳でコレラにかかって亡くなっているので、1832年までに熱力学第1法則に到達していたわけだ。

ジュール以前に、ロベルト・マイヤーという特異点がある。この人おかしい。転生者か。

船医としてジャワにいたマイヤーは、新しく到着したヨーロッパ人から採血した時に、その静脈血が驚くほど赤くて鮮明であることに気付いた。そこからマイヤーは気温が高い熱帯では体温維持のためのカロリー消費が少ないため酸素消費が少なくなり、結果として静脈血が赤くなるに違いないと考えた。

その後マイヤーは量的には保存され、質的には変化するものとして〈力〉を考えた。これは現代的にはエネルギーに相当するものである。しかし、その理論はこれまでの熱学の流れを踏まえていなくて、実験事実もなく、論理的にもあいまいであった。ただし、主張していることは、ほぼ熱力学第1法則である。

マイヤーの最初の論文は1841年に「物理学・化学年報」に投稿されたが掲載を拒否された。1842年に『無生界の〈力〉についての考察』が「化学・薬学年報」に掲載される。しかし、この論文はまったく注目されず、後に熱力学第1法則発見におけるマイヤーの先取権を保証する以外にはほとんど役に立たないものであった。

マイヤー自身は実験をしなかったようだが、ゲイリュサックの実験結果を解釈しなおして、熱の仕事当量を求めた。

マイヤーはその後も論文を書くが雑誌掲載を拒否され、自費出版するも、やはりまったく注目されなかった。

ジェームス・プレスコットジュール登場。

その前に、電磁気学が発達して電磁石が作られたりオームの法則が発見されたり、電磁誘導が発見されたりしている。ファラデーは熱力学第1法則に向かうような考えを示していた。

ジュールはまず電動機(モーター)を作り、それと蒸気機関の効率の比較をした。と言っても、これは同じ仕事をするのに必要な石炭の量と電池で消費する亜鉛の量を比較したもの。これでモーターは蒸気機関にコスト的に勝てないことを悟った。その後は、電流の発熱の研究をしてジュールの法則を発見する。

ここでは温度を0.1℉の精度で電流を有効数字3桁まで計測するというジュールの実験手腕が注目に値する。また、電流による発熱はその電流が電池によるか電磁誘導によるかに関係ないはずだが、そのことは熱素説に疑問を投げ掛けることになった。

ジュールは水中で電磁誘導のコイルを回転させて発熱を計測する実験によって、この問題に決着を着けた。温度の精度は0.01℉というもの。

更に、ジュールは重りの落下でコイルを回転させて電流を発生させその発熱による温度上昇を計測することによって熱の仕事当量を計算した。この時の値はJ=4.50J/cal となった。(これはもちろん現代の単位に変換したもの)

しかし、この結果を発表した論文は注目されなかった。ジュールは追加の実験として重りの落下で摩擦熱を発生させてJ=4.14J/calという値を得た。

更にジュールは気体の圧縮と膨張の熱を測定し、J=4.29J/calという値を得た。この実験はJの値よりも熱素説を否定する意味が大きいのだが、本文を読んでくれ。

その後、水中で羽根車を回転させるという有名な実験でJ=4.78J/calという値を得た。だがまだまだ注目されるには至らなかったジュールはこの羽根車の実験を改良し回数を重ねて、J=4.203J/calという値を得た。

この結果は英国教会の数学・物理学部会で発表された。これが転機であった。この発表をウィリアム・トムソン(後のケルヴィン卿)が聞いていたのである。

という訳でトムソンの話になるわけだが、ジュールの実験が認められなかった理由の一つは、その温度計測の精度が高すぎることもあった。いわゆる(悪い意味での)神の手ではないかと疑われたのかもしれない。高い精度で温度を測ったのではなく、辻褄を合わせたと疑われたのだろう。

ウィリアム・トムソンもまた特別な人間であって、私の印象ではまるで熱力学のために準備されたかのような人間である。英才教育を受けている上に、イギリス人なのにフランスの解析物理学をマスターしていたり、あれほど無視されていたカルノーの理論を知っていたりと物語のご都合主義を感じる。フランスに留学していたトムソンがイギリスに帰ってきて教授になるのが1846年、22歳の時であり、ジュールの講演を聞くのが翌年の1847年である。間に合った。

しかし、トムソンはジュールの研究の重要性を認めたものの、その結論に同意した訳ではなかった。

トムソンはカルノーの理論の正しさを信じていたからである。カルノーの理論は熱素説であり熱量保存を前提としていたので、ジュールの理論とは矛盾するのである。トムソンは単にカルノーの理論を信じていただけでなく、その理論に基づいて絶対的な温度尺度を確立することを考えていた。

ただし、トムソンはカルノーが(論文で)前提としていた熱量保存則には疑問を呈している。その一方で、ジュールの実験も仕事が熱の変わる変換率を示しているものの、熱が仕事に変わることについては示していないと、こちらにも疑問を付けている。

ジュールは熱と仕事はいつでも相互に変換可能であると考えていた。それが保存量というものの通常の考え方だからであろう。

ここでトムソンはジュールとカルノーの理論の間でジレンマに陥るわけだが、その解決にはさらなる実験が必要だと考えていた。

しかし、トムソンがジレンマに落ちている間に、クラウジウスに先を越されてしまうのであった。第5部に続く。

 

 

 




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