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論理パズル:抜き打ちテストの学生のどこが間違っているのか

固執しています。囚われているというか、捕らわれているといか奴隷である。自分ではどうしようもないのだ。でも論理的に推論して相手を説き伏せるのは快感である。気持いい。自己陶酔だ。この快感から逃れられない。

おれは第二段階レンズマンなので、学生への反論をしていくのだ。

天才探偵の推理は絶対である

ミステリにはよく天才探偵が登場する。そして天才探偵の推理は絶対的に正しい。

たとえば、天才探偵がこの人が犯人だと推理すれば、たとえアリバイがあっても犯人である。つまりアリバイトリックである。先に犯人だと決めつけてからアリバイを破るのである。

また、たとえば天才探偵がこの部屋には死体がないと推理すれば、そこには死体はない。死体のように見えても死んでいないのだ。脈がなくても、脈を止めるトリックがある。瞳孔が開いていても、瞳孔を開ける薬がある。脳波がフラットなら、脳波計に細工がされたのだ。

天才探偵の推理は絶対であり、目に見えるものが間違っているのである。犯人のトリックだ。

試験の最終日にもやもやする

抜き打ちテストのパラドックスでは最終日にもやもやする。大抵の人がもやもやすると思う。その結果として最終日にはテストは出来ないと結論する人もいる。私の結論は最終日もテスト出来るという事である。なので、最終日にテストが設定されている場合だけを考えればよいことになる。偶然や当て推量は除く。

最終日にテストが設定されていて、最終日の前日までにテストがなかった。なので最終日にテストがあると予測できる。これが学生の主張である。

以前の記事でこれを爆弾の入った箱とその解除スイッチとおもちゃの機関車に例えた。

ad2217.hatenablog.comこの例えで最終日にテストがあっても予測できないというのは、その前に最後の箱の爆弾が爆発してしまうことに相当する。

つまり学生の予測が前日までに外れているというケースある。テストは爆弾ではないので、最終日に爆発はしない。なので、最終日にテストがあると予測できるというのが学生の主張となる。

学生の推論は完璧である

しかし、前日に学生はテストがあると推論している。その推論は天才探偵の推理のように完璧である。

しかし、授業が始まってもテスト用紙が配られない。学生は考える。これは罠だ。テストがペーパーテストだとは限らない。口頭試問かもしれない。ペーパーテストだと思わせて口頭試問をするというトリックなのだ。この天才探偵の俺様の推理が間違っているはずがない。あり得ないのだ。という訳だ。

しかし、授業が終るまでに口頭試問らしきものはなかった。おかしい、どんなトリックを使って試験をしたのだと学生は考える。そしてついに答えを見つける。これは授業態度をみる試験だったのだ。授業中に居眠りしたり、おしゃべりをしたり、スマホをいじっていたりしないかを教員は見ていたのだ。これは狭い意味の試験ではないが、広い意味では試験の一種と考えられる。一種の叙述トリックか。

こうして学生は推論通りに試験があったことを確認したのである。

そして最終日に試験用紙が配られる。学生はこのトリックも見破る。これは一見すると試験用紙のように見えるが、本当は授業アンケート用紙だ。学生の推論は完璧なので、目に見えるものが偽りである。

つまり最終日に試験があるとは永遠に分からないのだ。

誰のジレンマか

最終日にもやもやするのは、最終日にテストをすると「予測できない」という条件に反し、テストをしないと「テストをする」という条件に反するからだと考えられる。このジレンマで困るのは教員である。でも、試験の日は(当然ながら)あらかじめ定めてあるものとすると、最終日になってから教員が悩むことはない。

一方、学生は最終日以前に試験があると予測していた場合、ジレンマになる。最終日に試験があると予測するためにはそれ以前に試験がなかったことを認める必要があるが、それは推論が間違っていたことを認めることになる。学生の推論は抜き打ちテストのパラドックスそのものなので、推論が間違っていたらパラドックスは成り立たない。学生がこのジレンマから(一時的に)抜け出す方法は、最終日以前にはテストがあると予測しないことにすることだ。最終日にテストがあるケースでは、この方法によって学生はジレンマを避けられる。

つまり、教員がジレンマによって最終日にテストを設定できないのではなく、学生がジレンマによって最終日以外を予測できないのです。

おもちゃの機関車の役割

爆弾の入った箱の例におけるおもちゃの機関車の役割は何か。これは伏せたトランプに時間の要素を取り入れて、抜き打ちテストのパラドックスの例えにするという役割を果たしている。

実は、プレイヤーの不作為を可能にするための装置である。つまりおもちゃの機関車がプレイヤーの代りに「なし」のボタンを押すので、プレイヤーが何もしなくても自然に21分後には「なし」が二つ押されることになる。プレイヤーは何もしていないので、プレイヤーの行為と21分後の結果に何の関係もない。……と思わせるトリックだ。

これは抜き打ちテストのパラドックスで最終日前日になると……ということに相当する。機関車がプレイヤーの代りに「なし」のボタンを押しているように、試験可能な日数が減って行くところでは、学生は「試験なし」という推論をしたのと同じことなのである。無条件で最終日になる訳ではなく、その前に学生は試験があるとかないとか予測しているのだ。その予測を無視して無条件と思わせるのが抜き打ちテストのパラドックスのトリックであろう。

 

なんか、絡んでいるように思えるかも知れないけど、本当に俺はこのパラドックスに捕らわれているので、スイッチが入ってしまうとどうしようもないのだ。

まあ、ふだん他人のブログにはほとんど絡まないので、多少しつこい気はするものの、絡むのもありかと。

www.watto.nagoya

roygb.hatenablog.com

 




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