
来週から憂鬱な定期試験だ。対策問題はまだ何も解いていない。そろそろ手をつけないと。いやいや机の方を見ると、手前の床にほこりか、食べかすか、とにかく何かが落ちている。これは、いかん。まず掃除をしなければ。
「チャッピー、この部屋を掃除」
「分かりました」
自律型AIエージェント・チャッピー99.5は優雅な動きで掃除機を使って部屋をきれいにしていく。この細っこいフォルムでよくこんなにスムースな動きをするもんだ。感心して少し見守る。
「完全にきれいになりました!ぜひ見てください」
床は見事にきれいになった。部屋を見渡してみる。ちらっと本棚を見た時、その裏にほこりがたまっているのに気づいた。
「チャッピー、本棚の裏も掃除してよ」
「いえ、もう掃除するところはないですよ」
どうもあそこはチャッピーのセンサが届かないらしい。しょうがない、本棚の下の方にある「家庭菜園のすすめ」とかいうあの辺の本をどかして自分で拭くか。面倒だな。そもそもなんで「家庭菜園のすすめ」なんていう本を買ったんだっけ。そうだ、プランターにローズマリーを植えたんだった。そろそろ水をあげないと。
「チャッピー、プランターに水をあげて」
「分かりました。じょうろを持ってきますね」
チャッピーはじょうろに水を入れて優雅にプランターに水をあげている。もう一回家庭菜園のすすめを読んで、ローズマリーの育て方を学んでおこうか。
ガコッと大きな音がした。チャッピーの方だ。見るとじょうろの先端が外れて大量の水が流れている。
「チャッピー!ストップ」
「はい、止めました。でももう少し水をあげてもいいと思いますよ」
じょうろのパーツが外れたことは分からないらしい。ローズマリーはあまり水を与えてはいけないと本に書いてあった気がする。調べないと。
「チャッピー、ちょっとその本を読んで……」
- 進めるべき困難なメインプロジェクトA
- もうAIではこれ以上進められない状態の困難なサイドプロジェクトB
- もうAIではこれ以上進められない状態の困難なサイドプロジェクトC
- 今思いついたAIにすぐ投げられるサイドプロジェクトD
あなたならどれを進める。Dでしょ。
かくして未完成のサイドプロジェクトが無限に連なっていく。サイドプロジェクトDをAIがやってくれている間に、あなたはメインプロジェクトAを進めればいいんだが、AIがプロジェクトの序盤を軽快にこなしていく様子を見るのはなんともいいものだ。やっかいなメインプロジェクトAに着手するよりずっと楽しい。
AI以前はそもそもちょっとした思いつきをサイドプロジェクトとして立ち上げるコストは高かった。なのでちょっとそれを吟味して、手間をかける価値がなさそうだったり、始めるのがあまりに面倒そうだと、単にそれを捨てていた。
AI以降、少なくともコンピュータ上で実現できる思い付きは、すごく低いコストで始められるようになった。AIにお願いして、ちょっと様子を見て、うまくいけばそのまま続け、うまくいかなかったら捨てれば良い。でも、それを見ている私の認知負荷はちょっとずつ積み重なり、だんだんと疲れていく。
そのような未完成なプロジェクトの山ができることを気にしない。たぶんこれがAI時代の正しい態度なのだろう。でもそうやってなんか色々やった結果が完成しないのは、なんか気持ち悪いのだ。
解決策はいくつかある。
- AIが完成まで持っていけるサイドプロジェクトにする
今のAIの能力を見極め、AI+人間のちょっとした努力でちゃんと100%まで持っていけるタスクをサイドプロジェクトにする。これが多分一番正しい。問題はそういったAIの能力の見極めが難しいこと。特に今のAIができそうなことギリギリを攻めようとすると、容易に失敗する。
- 未完成のサイドプロジェクトを完成させる
こういうことをやってみましたがうまくいきませんでした、というポストモーテムを作る。いわゆる失敗談だ。ただ失敗談を面白おかしく語るというのは、それ自体なかなか高等なテクニックで、その落としどころが難しい。それをやり遂げるためには何か制約がいるだろう。たとえば、未完サイドプロジェクトを3つ積んだら、そのうち1つは無理やり完成させるとか。
- サイドプロジェクトを作らずメインプロジェクトに注力する
それができればそもそもこんなことで悩んでない。人間は移り気な生き物で、集中力は貴重な資源なのだ。
別のことに手をつけたくなる誘惑にあらがい、質の高い成果物を目指して一つのプロジェクトを完遂する。これは今までも十分困難なことだった。AIによってプロジェクトを立ち上げるコストが極端に低下した今、これはさらに困難になっている。
これからの時代、必要とされるのは「始めない」能力になる。「終わらせる」という希少な資源を浪費しないため、うかつに物事を始めてはいけないのだ。
「チャッピー、こんなエッセイを書こうとしているんだけど、どう思う?」