1/5
かなり仕事の段取りを覚えていたのでよかった。さっそく今日から新しいチャレンジを回していく。残業もしたが、先月の生産性が良かったので心置きなく残業ができる。おもろい仕事だし。
帰りがけに遠回りして電気屋に寄り、衣類スチーマーを見る。まあ、おおかたスペック表で見た通りだったので、その場で即決して購入。このジャンルは当たり外れが激しいらしいが、果たして。
やはり疲れは溜まっているし、お腹が空いているので、初日にして外食を解禁してしまった。

お金も健康も足りないのでほどほどで撤退したのだが、どうしてもお腹が空いて追加で食べてしまう。もう痩せれないかも。菓子パンではなくスープ系の何かを食う生活にせんと。
ピアノを弾いたりもした。また平常の生活に少しずつ戻す。
1/6
残業をした以外は何もできず。気分も落ち込んでおり色々とつらい。
1/7
年始初残業回避。それなりにダラダラしても遅くなくて嬉しい。
年初のクラシックは、スクリャービンの左手のための作品と、ショパン=ゴドフスキー練習曲を一通り。いきなりカロリーが重い。
ゴドフスキーはやはり編曲で光るものがあると実感。オリジナルでの半音進行は聞いていて気持ちいいが、あまりにも「それしかない」のでかなり早い段階で聞き疲れしてしまう。こういったテクニックは明朗な進行と構造を持つ曲の編曲でこそ魅力を発現する。
ショパン=ゴドフスキーは全然聞けてないことを実感。まあ、そもそもショパンエチュードも全曲暗記するレベルでは聞けてませんけどね。有名どころだと蝶々とかね。
エオリアン・ハープのアレンジがものすごい自分好みで良かった。弾きたい……けれども、原曲のエオリアン・ハープすらまともに弾けてないし、そもそもエオリアン・ハープと比較してそんなに演奏効果は高くない。費用対効果に見合わない。
ちなみに原曲版はこっち。違い……分かります?
少しネタの打ち込みをした後、のんびりして、衣類スチーマーを試した。パナソニックだが、うーん? 使い方が悪いのは大いに認めるが、正直あまり良かったと思える効果は見受けられない。色んなところが原因なのは分かっているので、素直にアイロン台を購入するのが良さそうだ。ただ、間に合わないので今週はそれでしのぐしかない。
衣類スチーマーでは想像より時間が取られてしまった。ピアノを少しだけ練習したが、そこまでやる気が出ず撤退。
1/8
ちょっと集中力が出ない日だった。自分のブログを読み返すのは楽しいね。昔すぎると読む気無くすけど。
ラヴェルの『左手のためのピアノ協奏曲』。左手ピアノだとまずはこれってレベルの名盤らしいのだが、うーむ。確かにすごいのだけど、もともとピアノ協奏曲って両手でめっちゃ頑張るって感じではないというのと、他の楽器がうるさいので、本当にピアノがすごいのかが上手く判定できない。曲自身は、3楽章ある構成なのだが、あまりにも最後の40秒くらいに命をかけすぎである。ただその分最後は本当にすごいという曲になっている。もっと緩急つけないと令和キッズにはしんどい曲だよ。
帰宅時、「ちょっと一品欲しいな〜」と思ってコンビニを物色していたら、バカのカロリーシリーズが値引きで入っており、抗えなかった。太る……。コールスローもね……たまに食べるとめっちゃ美味しいよね……。
ピアノの練習。メニューはこなしたが、もう一品追加したいところ。難しい。集中力が微妙だ。
寝るのが少し遅れた。
1/9
また新しい仕事の話がやってきた。詩人になるらしい。俺、詩人、やれます。
コリリアーノの幻想的練習曲。寡聞にして知らなかったが、コリリアーノはアメリカを代表する現代音楽作曲家らしい。結構びっくりしたのでプレイリストを作ってしまった。
何らかの異国情緒を表現するために、非西洋音楽を模した音楽と書法に頼って作曲するということは近代以降多くの分野で試みられてきたわけだが、それは自分もいいものと思って取り入れつつも、オリエンタリズムだよね、コロニアリズムだよね、という批判はどうしても避けられないものだった。
幻想的練習曲は、何か特定の民族音楽を範として作曲されたものではない……と考えている。微分音などを駆使して十二音音階に接近した旋律パターンを持つ民族音楽は(ペルシャのマイナーな音階などに)見られるが、十二音音階そのものである民族音楽はおそらくない。なので、幻想的練習曲は特定のバックグラウンドを持たない現代音楽ということになるのだが、この曲集にはどこかにこういう音楽を持つ民族がいたのではないか、という強烈な説得力を持つ、オリエンタリズムに強くフィーチャーされた作りになっている。僕は今のところ近代で止まっているから、コリリアーノの音楽観は少なくとも僕の二歩先を行く先進的なものだということだ。こりゃたまげた。
今日はもともと鍋をするつもりの日だったが、「最近食べすぎてるしなー、今日肉も全然安くないしなー」と思っていたら、気づいたら鍋の準備が積み上がっていた。自炊をしなくなって久しいが、最後に残ったのはお鍋だった。
鍋のデッキがまとまったので書いておく。
出汁は鍋キューブかプチッと鍋を使い、出汁を最小限にしてフードロス削減&ゴミ処理の手間を減らす。ストレートつゆはコスパが悪いし食べすぎる。同梱数の関係でプチッと鍋の方が扱いやすい。
野菜はトプバの冷凍野菜を使う。和風、洋風、豚汁、カレーなどがあるが、野菜同士のバランスを考えると和風か洋風がベストだ。1パック購入し、全て使う。ちなみにこれだけで1日に必要な野菜の摂取量350gの80%近くを賄うことができる。
和風は少し食べにくさがあるが、洋風は煮込むと溶けてしまう野菜が多いため、鍋には和風の方が適している。もちろん洋風もおいしい。
肉は適当に安い豚肉か牛もつを使う。少し値段は張るが、ちゃんとしたしゃぶしゃぶ用を買えると、やはりQoLが高い。
そしてここが一番大事なのだが、冷凍餃子を買って入れる。これが超うめーんだわ。トプバで十分だが、トプバがどうしても嫌な人は味の素の餃子を買うといい。どうせ値段にはそこまで違いがない。汁がすごく少なく、そしてトロミがついてしまうことだけが欠点。餃子の良さに目覚めると、高いウィンナーを買う気が全くなくなってしまう。
〆は麺でもいいし、ご飯でもいいし、なしでもいい。
終わった後はしばらく休んでいそいそとピアノの練習。またしても終わりまで辿り着けず寝落ち。そのままこの日は就寝したが、そこまで眠れなかった。
1/10
年初最初のボランティア。裏で一悶着あるんだけどいったいどうしたらいいのかねぇ。下手したら事の問題点を認識してるのワシだけでは。活動自体は人数も少なく、久々にやりがいがある感じでよかった。
ボランティア後いろいろ買い物巡り。電気屋だけ行けなかったけど後はそれなりに。おやつはミスタードーナツ。ミスド、利用頻度が高いのでアプリ入れるべきそう。
帰宅後、ご飯を食べにいつもの四川料理店へ。年始の挨拶を済ませる。昼の定食は頑張っていたが、単品メニューは軒並み値上げをしていた。ここも苦しい。しかし、ここに潰れられると自分は本格的に苦しい。


ピアノの練習。順調順調。途中寝落ちはあったが。
その後は編曲作業と執筆で悩んだが、執筆をすることにした。夜ご飯をスキップし、5時間連続で取り組み終わりが見えてきた。今回は「知っていること」の組み合わせだけで挑むから、早々と仕上がっていい。
1/11
この日は両親が来ることになっていた日だった。
朝起き、執筆の続き。その後両親と合流し、少し作業した後ご飯を食べに行った。
地元では有名な店で気になってはいたが行けていなかったところだ。愛嬌のある店員さんが切り盛りしていた。客は予約でほぼ満員で、特別に……という形で入れさせてもらった。満席なのにわずかな人数で捌く様子は、確かな経験と効率化されたオペレーションの匂いを感じる。
本当においしかった。これは話題になるのも納得だ。また定期的にいきたい店が増えてしまった……。


その後、両親が行きたいという老舗和菓子店にも行くことになった。恥ずかしながら存在は知っていたが名がある店であるということを知ったのがかなり最近で、自分もまだチェックできていなかった店だ。
ここも大変素晴らしいところだった。京都の名店、中村藤吉本店や伊藤久右衛門と比較しても全く見劣りしない出来栄え、また部分的にそれらすら凌駕する確かな実力。もしこの店が京都にあったら、そのようなifに思いを馳せずにはいられない
そして、二店は京都で食べようと思ったら一時間二時間待ちではすまないが、ここならそれが並ばずに食べれてしまう。本当に驚異的なことであると同時に、「目立つところだけに、テレビやインフルエンサーの取材が入り、情報を吟味する能力もないのにそれに殺到する衆愚」たちの姿をそこに垣間見て絶望してしまう。
最近とみに思うのは、山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズがいかに素晴らしかったかということだ。あのシリーズでは日本のさまざまなところへロケに行っているが、そのロケ地を選び出すセンスは、現代のインターネットで何でも調べられる、手に入る時代から見ても、全く遜色のないものだ。むしろ、インターネット時代のインフルエンサーたちを超えている面すらある。僕は『男はつらいよ』を見たことはないが、行くところどころで『男はつらいよ』の案内を目にすると、嫌でも意識してしまうものだ。
伊根の舟屋、油屋旅館、永平寺、津和野の街並み、千頭峡、倉吉、油津……。僕の少ない知識でざっと見ただけでも、いくらでも見るべきところが出てくる。
……和菓子店には、取材を受けた本もあった。最近僕の中で江戸期諸藩お抱えだった老舗和菓子店がホットだったので、まさにぴったりな本だった。ちゃんと読みたいね。由緒のある街に行けば、あるんですよ、そういうところが。
思いのほかいいものにありつけたので一同舞い上がっており、ついでに車を走らせて神社に行こうかという話になった。
結構インスタ映えが有名なところで、ひっきりなしに人の入りがある感じだった。ただ風が通るところで、この時期にはめちゃくちゃ寒かった。

その神社は分社で、近くに総本社がある。そっちにも行ってみることになった。そちらも立派なものだったが、インスタ映えの方と比べると全く人の入りがなく静かだった。
インスタ映えの方もあまり管理されている雰囲気ではないのだが、総本社の方は常駐の宮司もおらず、お守り等の売り物もなく廃社一歩手前という感じで、最低限の手入れはされているもののすっかり荒れ果てているのが印象的だった。この地域や松江の方にあったような、本殿と奥の院を擁した厳格な様式を持つ立派な拝殿だけが、そのありし日の栄華を物語っていた。拝殿の奥にはご神体の生存を示す明かりがついており、それと行事のためのスペースだけが、この神社に残された信仰の全てだった。


近隣には、教育や政治で地域に足跡を残した名士を称える石碑や銅像があった。こういった志のある共助の姿勢がある者も、日本から消えてしまったもののひとつだ。近頃の政治家は、甘言で民を誑かし、キックバックを懐に収めようとする自分本位な、金に汚いやつばかり……。
別れた後は昨日の原稿の続きをやり、投稿。細かいミスに投稿した後で気づくのはいつものことだがもう知らん。そしてしばらく休んだ後ピアノを弾こうとしたら、だんだんだんだんとお腹が痛くなってきた。耐えれなくはないのだが、何か活動をすることはできない。仕方がないので布団にくるまってずっと休んでいた。
*1:いつもアニメを3話くらい消化できるのだが、この日は1.5話