以下の内容はhttps://a0153.hatenablog.com/entry/2025/08/07/131941より取得しました。


過ちを犯したのは誰か、過ちとは何かー百田尚樹氏の投稿に違和感ー

ネットで、百田尚樹氏の「式典に参加していた。何人かのあいさつの中にあった「あやまちは繰り返しませぬから」という言葉に違和感を持った。過ちを犯したのは米国であり広島市民や日本人ではない。ただし、いまさら米国を責めるつもりもない」という投稿を見て、私は、百田氏の言葉に違和感を持ちましたので、自分の考えを述べます。

 

①本日朝日新聞に掲載された、子供たち・市長・県知事・総理挨拶で確認しますと、「あやまちは繰り返しませぬから」と言っているのは、小学生二人のあいさつ「・・・同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります」の部分だけと思います。百田氏は、どこをもって「何人かのあいさつに、過ちは繰り返しませぬから」と言っているのでしょうか。

私は、百田氏の思い込みと思います。

 

②「米国が悪いのであって広島市民や日本人ではない」といってますので、百田氏も原爆投下が悪い、と認識しているわけです。ではなぜ原爆投下は悪いと百田氏は思っているのでしょうか。それは分かりません。

 

私は、1899年ハーグ陸戦条約いらい、戦争遂行にもルールがあって、その中に民間人を殺傷してはいけないというルールがすでに、国際的に確立していたからだと思います。

 

この点から言うと、ドイツ軍のゲルニカ爆撃・ロンドン爆撃、連合軍のドイツ本土空襲、日本軍の重慶爆撃・南京虐殺、米軍の日本本土空襲等は、すべてルール違反です。その最たるものが原爆投下ということと思います。

 

 民間人殺傷を起こす可能性の高い戦争(第一次大戦以後の総力戦)そのものが、過ちと思います。過ちといえないまでも、過ちを起こしやすいと考えるべきと思います。

 

 原爆を結果としてもたらした太平洋戦争を引き起こしたのは日本国であり、その国家の政策を認めた(むしろ歴史的事実は、積極的に賛同し遂行した)日本国民にも責任があります。(とはいっても、子供には責任がありません。戦前政治に参加できなかった女性の責任は軽いでしょう。もちろん一番重い責任は天皇にあります。)

 

ゆえに、「米国が悪いのあって、広島市民や日本人は悪くない」という百田氏の認識は間違っていると思います。

 

さらに、米国の責任を追及する気はない、という百田氏の考えも間違っていると思います。その姿勢は、今進められているイスラエルによるガザ住民虐殺を認めることにつながりかねません。責任はずっとあります。責任は、問い続けなければなりません。

それが、「あやまちは繰り返しませぬ」という誓いです。

 

昭和19年後半から20年の日本政府の動きは、もはや勝利の見込みなし、何とか有利な条件で講和、そのためどうするか、というのが中枢の動きでした。中枢には、いろんな考え・行動がありましたが、守るべき最低線は、国体維持でした。国体とは、天皇支配体制でした。この点については、共通していました。国民の惨禍は二の次でした。国民を考えてはいませんでした。

 

昭和20年7月26日、米英中(裏でソ連)のポツダム宣言が出されました。

それは、〇日本占領 〇領土制限(全植民地解放) 〇軍国主義勢力排除 〇戦犯処罰 〇日本軍解体 〇民主主義の復活強化・基本的人権の尊重 などでした。

日本政府は、国体がどうなるか不明確ということで受け入れを躊躇し、公式には黙殺しました。

連合国は、日本政府は、戦争遂行と判断して、8月6日広島、8月9日長崎に原爆を投下しました。8月8日にはソ連が参戦しました。

長崎原爆の夜、御前会議が開かれ、翌8月10日午前2時、天皇の判断で、ポツダム宣言が受諾されたのでした。

 

戦争遂行ができなくなっていた政府が、7月26日のポツダム宣言を受け入れていれば、原爆投下はありませんでした。

 

ここを考えると、原爆投下については、日本政府の重大責任も明確です。百田氏のように米国が悪いとばかりは言えないでしょう。

 

また、百田氏のように、「日本人は」、とひとくくりにするのは、思考停止でして、ごまかしです。

 

④過ちとは、直接的には、原爆による無差別民間人殺傷という米国の戦争犯罪で、間接的には、戦争を遂行した国家が、大なり小なり起こした犯罪だと思います。

過ちを犯したのは、大小・軽重の差はあれ、戦争遂行にかかわった全世界の国民だと思っています。

 

原爆を作った科学者・技術者はどうか、・・・わかりません。難解です。

 

あらゆる科学・技術にいい面と悪い面があるように、原爆も同じと考えてよいか。それとも、一般科学技術と隔絶した、手を出すべき科学技術じゃなかったかなとも思います。分かりません。

 

でも二度と使っちゃいけない科学技術ということは、だれもが否定できないでしょう。

 

原爆の死者は、歴史の巨大な集積である人為により、生を断ち切られ、無念の中で死にました。その無念に答えなければ、井上ひさし言うように、彼らの死を犬死にしてしまいます。

 

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」

広島の個々人が、被爆死者に対して、「安らかに眠ってください。もう二度と原爆は投下させませんから、そんな過ちはしませんから」と祈る。そして広島の個々人の祈りに、世界の個々人が深く共感する、そしてどうすれば三度の原爆投下を防げるかを考える、何が過ちだったかを考える、そういうことだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上の内容はhttps://a0153.hatenablog.com/entry/2025/08/07/131941より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14