超汚い話なので恐縮です。また、私的思い出なので尚恐縮です。モノ食べてる人は読まない方がいいです。でも1960年(昭和35年)前後の田舎の畑作(農産物は売ってなかったので多分農家とは言いません)の一部(我が家)の様子を、残しておきたいと思います。
長くなりますので、お暇とコメ・田舎に興味のある方は、お読み下さい。
後半は、相馬の現在の田んぼの様子です。興味ある方はお読みください。
コメの値段ばかりに関心が行きますが、田んぼの変化も大事と思います。
また、近頃散歩で出会った兼業農家さんなどの話も残しておきたいと思います。
第一部(笑)黄金のにおい
小学校の高学年のころ、皆でこんな歌を歌ってました。メロデイはありません。
♪ 一年坊主 芋掘って
二年坊主 肉食って
三年坊主 酒飲んで
四年坊主 よぱらって
五年坊主 ゴロゴロ
六年坊主 ろくでなし
中学校で チュウをして
高等学校 おごご食って
大学校で だら担ぎ♪
「おごご」とは沢庵漬けのことです。多分香香(こうこう)に敬称をつけて、なまったものだと思います。(不確か)
問題の「だら担ぎ」ですが、お分かりになるでしょうか。「だら」は、人間の糞尿です。担ぎは、天秤棒の両端に桶を下げて担ぐことです。標準語では肥え担ぎというのでしょうか。
昔は、人糞尿をリヤカーで運び、天秤棒で担いで畑に運び、まきました。もちろん効能大の、高級(笑)な肥料です。江戸時代には、都市部の人糞尿を近郊農家が買っていました。その肥やしで育てた野菜を都市部の住民が食べてました。その人糞を・・・ウーム、理にかなった、実に合理的な美しい永久循環でした。
この歌、面白いんです。小学生から見ると、高校生や大学生は、大人でえらいのですが、その到達点が、「だら」担ぎなんですから。・・・面白い!大逆転!全く痛快でした。だら担ぎのところは、みな力が入りました。
どうしてこんな歌を思い出したかというと、
20日くらい前、相馬方部衛生組合の衛生センターで、「せん太くん」という有機肥料を、無料でもらってきたからです。
「せん太くん」の原料の主なものは、人糞です。それに米ぬか・食べかすなどを混ぜ合わせて高温発酵させたものです。先週これを畑の肥やしにしました。これも循環方式なんですが、この処理には、大きなエネルギーが必要です。
この有機肥料、匂いは少々しますが、サラサラです。もちろん私は全然平気ですよ。
慣れてますから。
えへん、昔、本物の人糞尿をリヤカーで運びましたので。これは原色・原型(ぞ~)が残り、ひどく臭い。運んだのは、小学校高学年から中1ぐらいかなあ(1960年前後)。
ただし運ぶといっても、リヤカーを引っ張るのは、母親です。「だら」を天秤棒で運び、それをまくのも母親です。
私は、天秤棒でリヤカーを押す役目です。我が家の畑は、戦後里山を開墾した畑です。少し急な長い坂を上ります。だから後ろから押さないときついんです。木桶二つに入った高級肥料の黄金物を目の前に見て、天秤棒で押しました。

(私と母が「だら」を運んだ登り口です。まだ道の名残が残ってます)
ちゃっぷん、ちゃっぷん。(汚ったねー)(笑)
私はいやでしたが、やむなく手伝いました。母の苦労を知っているからです。
母は、リヤカーの鉄棒を引いて、体に帯状のものを襷のようにかけて引いてました。夏など、衣服に汗が染みだしました。
昔昔しきりに思う慈母の汗(蕪村の句「昔々しきりに思う慈母の恩」の拝借です)
ある時、ランニングをしていた青年がリヤカーを押してくれました。母はずいぶん恐縮してました。母と貧弱な私に同情したのでしょうか。臭かったでしょうに。私はひたすら恥ずかしかった。
高校3年間の春休みは、この山の畑の耕起が私の仕事でした。そのころはもう、「だら」は使いませんでした。母は言いました。「山の畑に行くまで、人家があって、臭くて迷惑だろう」と。このころは高度成長期、数年で一気に生活が変わりました。
その山の畑も、もうとっくの昔、山に戻りました。現在私の所有なのですが、どこにあるかさえ不明です。多くの畑があった丘陵地は、すべて山に戻りました。
行く途中の田んぼも、現在は、住宅地少々と大部分は荒廃田となりました。もう木が生えているところもあります。ここの荒廃田は、ほどなく林地になることでしょう。
やがてキツネ・ハクビシン・タヌキ・アライグマの住処になります。いや今すでになっていると思います。獣害が起きていることでしょう。

(写真1)
今家が建っているところも、10年前には田んぼでした。すべて田んぼでした。今は一枚もつくられてません。

(写真2)
この写真は、写真1と同じ元田んぼをを西側(上流側)からとったものです。上の田のほうから放棄され、このように樹木が生えています。ここすべて田んぼだったんです。
信じられないでしょうけど、これほんとのこと。こんなでいいのかと思います
しかし、私もこの荒廃田の再興のため、国の税金を出すべきとは思いません。大区画化・集約化は100%無理です。
も一度やりたいという人がいれば、生活環境保全ということで補助を考えてもいいとは思います。でもそれは、その地区や自治体の問題です。
元に戻るのは、やむを得ないことです。
も少し広いところを紹介します。

(西山地区)遠くに見える丘の向こうが写真1、2の田んぼのあるところです。
左手前、左奥から右奥のうす茶色が見えますでしょう。不耕起の田んぼです。左手中央はもうすぐ木が生える勢いです。
もっと広いところを紹介します。


(槍町~黒木)
上の写真は、北側から見た田んぼ、下の写真は、南側から見た同じ田んぼです。
下の写真の遠くに見える家付近から見たのが上の写真です。
下の写真では、近くには、稲が植えられている田んぼはありません。草刈はしているようです。ここは広い広い田んぼ地帯(平地)でした。
米価高騰で儲けになるなら来年は復活するかもしれません。
しかし、日本全国でこういう趨勢があると推測しますので、この趨勢にただ身を任せておくのはまずいと思います。というのは、このままでは、コメ不足が常態化するのでは、と心配してます。
私は、コメの自給は堅持すべきと思っています。
食糧安保といっても麦類・大豆・トウモロコシ・肉魚の多くの部分を輸入に頼ってます。その生産・流通のエネルギーも輸入に頼ってます。ですから食糧安保は、第一義に考えるのはあわないと思います。
私がコメの自給維持を言うのは、自分のところで作れるものは作るべきと思うからです。どこかの国で作る作物・肉魚は、そこの国の資源(例えば水・エネルギー)を使っています。そして運搬にエネルギーを使います。資源・エネルギーの無駄はよくないです。ですからできるだけ、自国で作れるものは、自国で作るべきです。
農民が田畑を放棄するのは高齢化ばかりではありません。獣害も大きいのです。
田畑は、ある人が放棄すると、獣害増加や草木の蔓延り・通路と水路確保の困難さのため、近くの人も耕作しにくくなります。
コメの確保と環境保全のため、やる気のある高齢農業者などにできるだけ長く農業をやってもらった方が良いと思っています。できるだけ長く現状維持のため、戸別補償で応援したほうが良いと思ってます。高齢者ではありませんが、前のブログで紹介した鴫原夫妻のような人です。
コメの約3分の1を生産している中山間地(傾斜地)への直接支援金(補助金)総額が年300億円に満たないのは、少なすぎると思います。
ふるさとを応援するという名目で実施されているふるさと納税は、昨年、総額1兆1千億円を突破しました。中山間地農業直接支援金も、ふるさと応援(現状維持のための)と考えてもっと手厚くすべきと思っています。
ふるさと納税制度で、税の減収は5000億円(日経新聞,2024年6月9日、携帯孫引き)だそうです。。それは、税金5000億で、ふるさと(と返礼品をもらう人)を応援しているということです。これに比べて中山間地への直接支援金が少なすぎると、思います。
中山間地の多くは、大区画化(例えば田一枚1ha)は無理、または損と思います。
無理に大区画化をすれば、その費用がかかるし、もっと大きな農業機械が必要でしょう。お金がかかります。集約化も簡単ではないと思います。
できるだけ長く現状維持のため、それがたとえ高齢者の耕作であっても、支援金をもっと出すべきです。その大きさの田にあった小型~中型の農機を持っている高齢農業従事者に、田んぼをできるだけ長く維持してもらった方が良いと思います。
中山間地産出のコメ(=コメ全体の3分の1)がつくれなくなったら、たとえ平地で大規模区画・集約化が進んでも、コメの自給は不可能になるからです。
なぜなら、平地での大規模区画化・集約化がうまくいっても、土地生産性(ー面積当たりの収量)がすごく増えるなんてことはありません。労働生産性(一人当たりの収量)は、うまくいけば大きく上がるでしょうけど。
近頃は、上の2枚の写真のように耕作に適した広い田園地帯(傾斜が緩い平地)でも、不耕起田や荒廃田が目立つようになりました。
私もびっくりする事例をあげましょう。

(成田)
ここは、相馬でコメつくり一等地とよばれる、平地の広々とした田んぼ地帯です。ここにも荒廃田が出現してきました。中央より少々右上の薄茶色です。前に丈の高い草か、低木が見えます。
この荒廃田は、どうして近くの農家が借り受けてやらないのでしょうか。大区画化も大規模経営化(集約化)も簡単にできそうなんですがね。
請作はだいぶ前からの政府の方針でした。でもあまり進んでないように思います。いろいろな事情があるのだと想像しますが、基本的には、もうからないからだと思っています。ここは、コメの生産維持と生産性向上のため、さらなる大区画化と集約化のため、補助金を出すべきです。出し方は難しいですけど。
そして、平地の小規模(兼業)農家がコメの(最大で)4割弱を供給しているのですから、ここが荒廃田・不耕起田になると自給は困難です。
結論
①コメの自給は維持すべき
②中山間地(コメ生産の3分の1)の生産を維持するため、農家への戸別補償を拡大すべき。ここは大区画化・集約化は無理・無駄。
③平地での荒廃田・不耕起田の大区画化・集約化を大いに進める。その援助をする。
さて、平地での小規模(兼業)農家(生産の4割弱~3割と想像します)をどうするか、これが難解。
私の結論:高齢化は抑えようがない。ゆえに高齢化して離農、または荒廃田・不耕起田になる自然の趨勢に任せるほかないのではないか。つまりここも、戸別補償してできるだけ生産を維持し、自然な高齢化による退場、その結果の大区画化・集約化を待つのが良いと思う。
④全体的に生産能力が落ちていくのはやむを得ないと思う。パンや麺・肉食が多くなったので、また人口減少するので何とかなるのではないか。
⑤スイスみたいに、「農家の収入の9割から5割(割合は資料により違う)を税金投入で」とすれば、生産増はできると思うが、そこまでする必要はないと思う。余った分を輸出というのは、無理な話と思うから。ただ何があるかわからないので、不耕起田を一定程度保っておきたい。
⑥難しい話であるが、食べたい分のコメの需給をできるだけ合わせるように、戸別支援金・補助金と備蓄米と輸入米で調節(=適正な価格に誘導)するほかないのではないか。そのほか、飼料米・酒造米・加工米(せんべい等)との関連もあり、難解です。
第2部(笑) コメつくっている(いた)農家等たち
①妻の実家(平地の広い田んぼ地帯の0.6ha)
特攻隊生き残りの義父(公務員)が耕作してた。現在は、不耕起田。妻の妹夫婦が、水管理代と草刈代と固定資産税を払っている。大規模な専業農家に頼んでも請作してくれない。その理由は、水路の最後で、水を確保するのが大変とのこと。(なのに水管理費を払うとはどういうことだ?)
②散歩で話をするようになったばあさんの場合(住宅地に挟まれた10枚近くの田1.2ha)
夫の死亡とともに稲作をやめた。仙台に住む婿が時々やってきて、除草のためトラクターでうなう。稲作用農業機械はそろっている。その婿様も近くの農家も、この田でコメを作ると赤字なのでやらないという。おばあさんは、水管理代と税を払っている。
③会津の親友(0.6haの田所有)
親戚の人と一緒にし、1ヘクタールの田にした。それを大規模農家に請け作してもらっている。会津盆地の中央地帯では、荒廃田や不耕起田は見かけないとのこと。
④散歩の途中で話し込んだ兼業の米作農家(50代後半か。平地の2.3haの田、写真の槍町~黒木の田んぼの持ち主)の話。(Qは、私の質問、Aは彼の答え)
Q:どうしてこの辺不耕起田・荒廃田が多いのか→A:耕作しても赤字だからだ。肥料代
と機械代がかかる
Q:大規模にやればいいのでは→A:大区画にするのにも負担金がかかる。
Q:機械代が高いというけれど皆で共有すればいいのでは→A:かつてやった。その仕組
みを機械プール(不確か)という。しかし使いたいときに機械を使えないので、み
な嫌がった。現在その仕組みはない。
Q:NHK TVで大規模化して経営状況が良い農家が紹介されていた→A:そういうところ
もあるだろう。しかし、私の知人で30haの経営をやっていたやつがいる。昨年から
やめた。もうからないからである。コメが安すぎるのが根本原因だ。そして機械・
肥料代がバカ高い。かつてあった食管制度のほうが、農家と消費者両方にいいので
はないか。