今日は、1年生の孫の運動会でした。
昨日の雨で順延となったものです。
娘二人が40台なので30年ぶりの見学です。ずいぶん様変わりしました。
一番変わったのは、お昼前に終わることです。60年前の自分のときも、娘たちのときも、校庭で昼ご飯を食べました。
どうして昼前に終わることになったのか分かりませんが、
よいことだと思います。
昼ご飯を地区ごとに食べると、お互いを気にしたりして、食事を用意する側が大変でしょう。それに、母子家庭・父子家庭・親が何かの関係で来られない子供さんもいるでしょう。そんな子はかわいそうです。そうでした。娘のときには、事情ある子供たちは、体育館で食べてたという記憶があります。昼前に終わるのはよいことでしょう。
親の出場がほとんどなくなったのも、様変わりです。6年生(児童と一緒)だけでした。
私らの運動会や娘たちの運動会のときの花形競争の一つは、部落対抗リレー(60年前)
地区対抗リレー(30年前)でした。地区で話し合って足の速い保護者が競走しました。すごい応援でした。大騒ぎでした。
ほかにも親子綱引きなどもありました。時にはパン喰い競争に保護者参加なんてのもあったと思います。玉入れに参加もありました。
小学校の運動会は、地区の親睦・レクレーションでもあったのです。ですので種目は多くなり当然午後までやることになります。
そのほか、完全になくなったのは、組体操と鼓笛パレードです。どちらも見ものでしたがねえ。
変わらずあるのは、50メートルや100メートル競走です。
嫌だったな。いつもラストだものなあ。3年か、4年のとき、普段からよく鼻血が出て、医者に運動会出場禁止を言われた時には、うれしかったな。
孫は、50メートル走、8人中8位でした。気にしているので、言わないことにしましょう。遅いのは俺に似てるのかな。
♪小学校の運動会 君は一等僕はびり
泣きたい気持ちでゴールイン そのまま家までかけたっけ♪(幼なじみ)
いや、様変わりの一番は、目立たぬけど、子供の減少かなあ。
私らのころは、運動場全周にわたって観覧場(ござ・シート)だったのですが、今は半周しかありません。
私が生まれた1950年246万、長女が生まれた1982年149万、孫が生まれた2019年86万の出生数ですものね、この激減!日本の衰退は無理ありませんね。
運動会は、幼稚園の時に比べて、ずっと地味でした。
正直言うと、見ててあまり面白くありませんでした。妻も同じ意見でした。
妻曰く「私ら年取ったのよ」。なるほど、これが一番変わったことかもね。