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おはようございますー
「週末ジンジャー」うめじろうです!

今回の「週末ジンジャー」は、茨城県神栖市日川の
【蚕霊神社】(さんれい神社)です

こちらの神社は「常陸国三大養蚕神社」のひとつでして
以前UPいたしましたつくば市神郡の「蚕影神社」、そして日立市川尻の「蚕養神社」、そして今回の神栖市日川の「蚕霊神社」の3社になります
これも「蚕影神社」の項で触れました通り・・【金色姫伝説】が伝わる神社でございまして・・
その超古代歴史ミステリーに興味が尽きないうめじろうです!

着いてびっくり(゜゜)!
Googleマップで事前に確認していた様子は下のようだったので・・・・


もう、まったく違う神社に来てしまったかと思いました^^;!
鬱蒼と木々が生い茂るイメージで来てみたので・・・
あまりにもさっぱりし過ぎてて驚きました(゜゜)!!

蚕霊(さんれい)神社の由来
孝霊天皇の五年(紀元前二八六)の春三月、豊浦浜(日川)の漁夫権太夫は、沖に漂う丸木舟を引き上げて見ると、世にも稀な美少女が倒れていた。少女は天竺(インド)霖夷国(りんいこく)霖光(りんこう)王の一女金色(こんじき)姫。母光契(こうけい)婦人の没後に入った継母は、物凄い妬み者。国一番の美女ともてはやされる姫が憎くてたまらない。思い余った末、獅子山、鷹の巣山、絶海の孤島に押しこめてしまったのに、その姫は獅子に鷹に漁夫に助けられて戻って来る。業(ごう)を煮やした継母は、城の片隅に穴を掘って埋めてしまった。
こうなればと不気味に笑った継母は驚いた。 埋めた場所から、まばゆい金の光がさして来たからである。憎さ百倍した継母は、桑の木で作った丸木舟に押しこめて、大海に投げこんでしまった。流れ流れた丸木舟は、常陸国豊浦に流れつき権太夫に救われたのだった。
余りにも数奇な運命に心痛めた権太夫は、我が子として養育する甲斐もなく、病死した姫は小虫となり変わってしまった。これも姫の化身と桑の葉を与えて飼育していると、四眠して五回目に美しい糸を吐きながら、繭(まゆ)を作ってその中に納まってしまった。その繭から繰り取った絹糸で織上げられたものが、見事な常陸絹織となって、その名声は高く、各地に広がっていった。
かくて養蚕は、新しい産業として、人々の生活を潤し支えていった。この偉業に対する感謝敬慕の念が凝り集まり、養蚕の創始先駆者の象徴として、造営されたのが蚕霊神社であり、永くこの地域の守り神となって鎮座されている。 時移り世代わってともすると、この神の治績が薄れ去るのを惜しみ、ここにその由来を記して、改めてその偉業を追慕するものである。
平成七年三月制作 令和七年三月更新
神栖市教育委員会 撰文 中村ときを
説明版に記された「金色姫伝説」はこのように書かれていました
概ね「蚕影神社」の「金色姫伝説」と同じ内容ですね
ところが・・こちらの神社には「もうひとつの金色姫伝説」が残されていると言うのです・・(゚Д゚;)

その「もうひとつの金色姫伝説」では、金色姫が流されてきたのは天竺(インド)ではなく「奥州」からだとされているそうです(゚Д゚;)
そして病死してしまうくだりは同じですが・・その後姫の体が虫になるのではなく、権太夫がその遺体を庭の隅に葬り、そこから1本の木が生え青葉を付けた、と
すると根元から小さい虫が這い出し((((;゚Д゚))))・・・その葉を食べて成長します
やがて白い巣を造りその中に隠れたがそれを煮ると巣は艶やかな糸になった
というのが「もうひとつの」伝説だそうです・・!
金色姫の出生地が天竺と奥州・・という点が興味深いですね(゚Д゚;)
奥州と言えば「日高見国」・・「イザナミ」・・・養蚕の指導・・・・
いずれにしてもこの「金色姫伝説」にまつわる養蚕の地は「豊浦」と呼ばれていたということで・・元道民の私としてはもちろん豊浦町を連想するところなんですが・・とりあえず北海道の豊浦町は養蚕には直接関係してないっぽいですね・・(・。・;
それよりもこれまた元滋賀県民として驚愕するのが安土町の「豊浦」という地域です!
まさしく安土城下に「上豊浦」「下豊浦」という地名が残り・・織田信長どころではないイニシエの神代の時代・・ここに養蚕にまつわる一大拠点があった事を示唆しているように思えるのは私だけでしょうか・・
付近には「桑実寺」(;゚Д゚)・・・!その背中には「繖(きぬがさ)山」・・「きぬがさ街道」・・・「繖」は身分の高い人の頭上に掲げる布製の笠?の事を表すと思いますが・・上塗りを剥がせば実は元は絹にまつわる地名なんじゃないかとも思えます・・・
そして在住時はなんとも思っていませんでしたが・・近江鉄道の「桜川駅」(゚Д゚;)その付近に「佐久良川」が流れていたんですね・・(゚Д゚;)
漢字もとても重要だと思っていますが・・こと神話の時代の事を考察する時・・私はまったく信用しておりません^^;
それよりも(私の中では)絶対的に「音」なんです!
漢字は後から当てはめた記号に過ぎない、と考えます
神の聖地が仏教伝来で寺に上塗りされたり・・音を漢字に置き換えてまったく意味合いの違う名称に上塗りしたり・・そんな例が非常に多いのではないでしょうか?
茨城と滋賀には多くの符号する郷名が存在し・・「多賀」を拠点に「豊浦」があり養蚕と符号する「桑の実」、「キヌガサ」があり、「サクラガワ」が流れている・・・
この茨城と滋賀の考察は後にじっくりと行いたいと思いますが・・
古事記・日本書紀「以前」の神話の時代のこの国のカタチといったものが浮き上がってくるように思えて興味が尽きないのは私だけでしょうかっ・・(;゚Д゚)!

すみません・・
例によって話が脱線しまくりました・・^^;
拝殿の中には「金色姫と龍」という絵が奉納されておりました(゚Д゚;)
ありがとうございます
ありがとうございます
ありがとうございます
建立しかり・・御祭神も不明なところが非常にミステリーです・・!
養蚕の神として祀られている神としては「ワカムスビ」の神様になるのでしょうか?

ブロック塀に囲まれたご本殿を拝見いたしましょう・・
おー・・赤いご本殿ですね・・
脇がハニワがかぶってるようなもので保護されていてよく見えません^^;

あ、先ほどの拝殿も鮮やかな赤色をしていました・・
と、ここで左側から御本殿へ回り込んで見てみようと思ったら・・
お掃除をされている氏子さんとお会いしまして・・ご挨拶させていただいたのですが・・氏子さん曰く
「ここの神様のお力は凄い」とのことで(・。・;
お掃除等整備をすることになってからのお力添えがもの凄いんだとおっしゃっていました・・
具体的には踏み込んでお聞きしませんでしたけれども・・とにかく「即効性が凄い」と(・・;)!
よくぞお参りにいらっしゃっいましたと歓迎してくださいました(^^)ありがとうございました!

で、左側にはブロック塀が空いてる部分があって(゜゜)ご本殿を間近に拝見させていただくことが出来ました!

わあ~・・すごい立派ですねえ・・(゜゜)
赤色が非常に印象的ですが・・それ以外の装飾も非常に色鮮やかで驚きました!
氏子さんによれば(創建は不明なものの)「息栖さんより古い」んだそうです・・!

この界隈には「東国三社」の【鹿島神宮】【香取神宮】そして【息栖神社】がありますが・・そうした大きな神社に参拝される方は多いですが・・失礼ながら「東国三社」を参詣する方でここを参拝する方はほぼ皆無でしょうが・・^^;
境内にしろお社にしろ・・いかに地域や氏子さんらに大切に祀られ守り続けられているか、という事を感じた参拝でございました
「即効性バツグンの神社」なら、そりゃあしっかりお祀りしたい気にもなりますよね^^;!(コラ、コラ・・)
いや^^;いいんですよ・・なんでも神様とは「損得勘定でよい」のだそうですから!笑

ということで今回は「金色姫伝説」の神社その2、「常陸国三大養蚕神社」のひとつ【蚕霊神社】でございました!
もうひとつの日立市の「蚕養神社」も後にUPしたいと思います(^^)
今日もお読みいただきありがとうございました
嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ
感謝してます
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