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こんばんわー
「週末ジンジャー」のお時間でございます~(^^)
今回の「週末ジンジャー」は、先日昭和ノスタルジックなドライブインにカツカレーを食べに行った時
【有賀神社】はこちら→的な大きな看板を見て・・ほほう・・と思って参拝に上がらせていただいた次第でございます~

うわあ・・なんだかここの神社も・・・
雰囲気ヤバくないですか~・・・(・・;)
時期が時期だけにね・・・
虫が恐ろしゅうて行くの迷ったんですけどね・・^^;
あ・・この時はまだ「おにやんま君」買う前の話です・・笑

一の鳥居、二の鳥居共に・・コンクリート製の「神明鳥居」ですね・・・
私は個人的にこの「神明鳥居」の方がなんかヤバヤバ感をより感じてしまいます^^;
てゆーか・・拝殿まで登って行く参道も・・立派じゃないですか・・(・・;)?
向かって左手には社務所もちゃんとありましてね・・・
いわゆる鬱蒼とした藪の中に鎮座しているタイプの(言い方^^;!)神社では無いですね・・

後から調べて解ったんですが・・なんと貞観元年(859)の創建だそうです!
御祭神は「武甕槌命」(タケミカヅチノミコト)、「経津主命」(フツヌシノカミ)にて、水戸でも屈指の歴史がある神社だったんですね・・!
「虫切り」の神さまとして子供の夜泣き・癇の虫にご利益があるとされています

二拝二拍一拝が一般的ですが・・この作法はそもそもの作法を簡略化されてこうなった・・と言われていますね
しかし・・一説によると本来の拝礼方法は「三礼三拍一礼」だった・・!という話もあり・・
実際のところは不明ですが・・例の戦後のGHQにより日本人が再び立ち上がってこれないように・・その霊力を封じる為にこれを止めさせた、とか・・(・_・;)
それを聞いてから・・三礼三拍一礼で拝礼している私です・・^^;
ありがとうございます
ありがとうございます
ありがとうございます

面白いのが毎年11月11日に行われる「磯渡御」というお祭りがあるそうでして・・
有賀神社から大洗磯前神社にご神体が渡御される行事なんだそうです・・
大洗磯前神社からは魚類を贈答されるということで・・古から大洗の海の幸が水戸に運ばれて来ていたことが伺えます

更に私を驚かせたのが神社の由緒が刻まれた石碑にあった
「藤内神社と称す」
という部分(゜゜)
えっ・・!「藤内神社」なら先日藤井町の神社に行ったばかりじゃないですか・・!
どゆこと・・!?
藤内神社の由緒では・・
養老5年の4月の暁、朝望(房)山の峰に霊光が輝きその光が藤内郷を指して降臨しここに留まった
んでしたよね・・・(・・;)
こちらの立地的にはちょうどその「朝房山」の南西側に位置していて・・藤内神社は北東側に位置しています
朝房山を取り囲むようにしてこの二つの神社が鎮座しており、更にこの有賀神社の右上にあるのはこれまた以前訪れた
【くれふしの里古墳公園】があるワケです!
こうした近隣の位置関係から・・有賀神社の歴史のヤバさも自然、伝わってくるように思えるのですが・・絶対すごい「裏」が隠されているような気がしてなりません・・

「常陸国風土記」で朝房山は「時臥(くれふし)山」と記され・・神蛇が甕の中で育てられる、という説話が記されています・・・
蛇と言えば古代から神として崇められてきた動物だと思うのですが・・蛇神信仰と言えば出雲族が連想されます・・
この界隈の古代の在り様として・・くれふし山(朝房山)を聖山としてその周囲を拠点としての営みがあった・・と考えることが出来そうですね
そして私的には何かこの・・「常陸国風土記」における「くれふし山」の説話には
蛇神信仰から鹿島・香取神信仰へと移っていったことを示唆しるような・・そんな気がしてならないのでありました・・^^;

御本殿も立派なものでありました・・

最近・・ジンジャー巡りで「千木」を見るのがクセ付いてしまった私なんですが・・^^;
あれ?これはいったいどうなってるんでしょう・・・(・・;)
なんだか倒れてひっくり返ってしまっているようにも思えたんですが・・・まだまだビギナージンジャーの私には解りませんでした^^;

境内社も綺麗にお祀りされておりました

いやーしかし・・・
巡れば巡るほど茨城の歴史の深さというか・・・
私達が認識させられている歴史・・よりもずっとずっとそれ以前の・・とんでもない歴史が隠されている!という事を神社巡りをしていて感じるというものです・・・
ということで今回の「週末ジンジャー」は、水戸市有賀町の【有賀神社】でございました
今日もお読みいただきありがとうございました
嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ
感謝してます
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