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久々の「龍馬ゆく」茨城編です
今回訪れたのは、ずっと宿題となっていた
です

茨城県はひたちなか市、「あづまが丘公園」という小高い丘に反射炉跡はありました
2,3台の車が駐車出来るくらいのスペースがあり、そこから階段を上がって丘の上へ行きます
と・・そこに設置されている立派な門があったのですが・・

なんと、こちらの門・・
水戸藩・江戸小石川藩邸の門!なんだそうです(゜゜)コンナトコロニ・・!
【山上門】という名前だそうでして・・小石川藩邸の正門右側の門だそうです
小石川藩邸はこの門以外は全て失われており、唯一残っているものなんですって・・

説明書きにもありましたが・・この門を幕末メジャー達が実際にくぐったと思うと・・
まるで自分も幕末にタイムスリップしたかのような錯覚に陥り・・鳥肌モンです・・!
佐久間象山・横井小楠・西郷隆盛・江川英龍・橋本左内らがこの門をくぐったと言われています
幕末の志士たちがくぐった門、で思い出すのは新選組ファンの方にはお馴染みの「光縁寺」ですね
こちらのお寺さんの門も幕末当時のものが残っていますから・・山南敬助ら新選組隊士が実際にくぐった門ですので・・
お好きな方はぜひ、幕末を・・新選組を体感してみていただければと思います

なかなか急な階段ですね・・
小高い丘にあるということが分かります・・

おっ・・、何やら窯のようなものがありました!

「煉瓦焼成窯」ということで、反射炉建設には高熱に耐えられる煉瓦が必要ということで、その為に製造されたものらしいです・・(゜゜)ヘー

そしてあちらの高台にあるのが反射炉跡ですね!

幕末で「海防」というと水戸藩9代藩主、「烈公」こと徳川斉昭公を連想するのですが・・

海防における外国船にも対抗出来る大砲を鋳造すべく反射炉が築造されました

大砲のレプリカもちゃんと設置されていました
「大砲」と聞くともう・・佐賀藩のイメージな私なんですが・・佐賀藩に続き薩摩、韮山、水戸、萩・・と続いたと思うのですが・・門じゃないですけど現存するのがたしか萩と韮山だけだったはずですよね・・?

と、いうのも烈公によって安政年間に着工された那珂湊反射炉でしたが・・反射炉として十分な稼働が出来ないまま「天狗党の乱」によって破壊されてしまった経緯があり・・明治時代には完全に取り壊されて畑になっていたそうです・・
昭和になってから那珂湊出身の弁護士が私財を投じて現地に実物大の模型を建設し今に至るそうで・・確かに近代的な綺麗な遺構だと思いました

私財を投じて地元の遺構を残すという所に大きな地元愛を感じますね

吾妻台の公園からは那珂川が見渡せました
毎回思う事ですが、やはり現地を訪れてそこの空気を肌で感じる臨場感はいいものです
これまで全国各地の幕末スポットを巡って参りましたが・・行く先々で見える「幕末」という景色も様々です
見る方向によってその在り様はまるで違ってくる・・それがまた「歴史」というやつの面白さだと思います
私の「幕末巡り」はまだまだ続きます
龍馬をゆく@茨城2025
嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ
今日もお読みいただきありがとうございました
感謝してます
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