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千波公園にある烈公と慶喜公像です

先日UPしました水戸黄門様、「徳川光圀公像」の近くに建立されていました
公園の木陰の下では地元のおじさんたちが将棋をやっていました(^^)
お外で将棋・・とくれば高知の「青空将棋」を連想してしまいます・・

でましたねー・・・
これは弘道館にあった「烈公から指導を受ける七郎麻呂の銅像」と対を成すものでしょうか?非常に似てますね!
印象深い逸話としては、寝相の悪かった七郎麻呂の教育として枕の両脇に剃刀を置いて寝かせたというエピソードがありましたよね・・^^;
まさしく烈公・・!
さすがはご地元!光圀公・斉昭公・慶喜公の「三名君」があらゆる場所に登場いたします!
これまた先日UPしました常陸二ノ宮「静神社」には烈公が追鳥狩用の軍太鼓も保管されておりました

最近の古典神道家や天皇家を裏で支えてきた人たちのコンフェッションからすると「明治維新は200年計画」だそうでして・・
それでいくと未だ「明治維新は続いている最中」という事になります・・・!

斉昭公の業績も枚挙に暇がありませんが・・幕末維新のシナリオ上、大きな役割を担われていたと自然に思うところであります・・・
万延元年(1860)に急逝されるのですが・・薩摩の島津斉彬公と同じく・・その「急死」を疑わしく感じるのは私だけでしょうか・・?

烈公というとよく見るあの竹中直人みたいな写真?が想像されますが・・(ちなみに私はあの人苦手です^^;)水戸市立博物館にはこのような肖像画も残されていました
「あの斉昭公」のイメージとは違い、個人的にはこちらの方が好感が持てます^^;
市立博物館にはこの他、斉昭公の書もいくつも残されており、さすが水戸藩のご地元!といった展示も多数あり、ファンの心を鷲掴みにしてきます!
水戸藩関連史料だけでも延々と居られます・・・!笑

この銅像の斉昭公が一番カッコイイですね(^^)

そして「最後の将軍」徳川15第将軍、慶喜公が徳川の幕を閉じるという大役を負うことになりました・・・
その慶喜公に仕えていた側近が
渋沢栄一ですね!
歴史がどんどん繋がってゆく・・・
しかし最近では古代史なんかにもハマってしまっているところからすると・・・
幕末は「最近」の話です^^;!

ということで、今回は水戸市の千波公園に建立されている「徳川斉昭公・七郎麻呂(慶喜公)像」でした
今回もお読みいただきありがとうございました
感謝してます

龍馬をゆく@茨城2024
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