英語配列の HHKB を使い続けて 1 か月。心酔と言っていいほど気に入っている。デザインのシンプルさだったり打鍵感だったりはもちろん、なんといってもすべての配列が素敵だ。

それにしても右上の分割された BackSpace だったり、 R-Shift を削って置かれた Fn だったりが非常にすごくて、いったいどうやってこういうことを思いついたんだと感心しきりだった。ただ、どうやらことはそう単純ではなく、「BackSpace と R-Shift は長すぎるから分割しよう」という思い付きではなかったらしい。
調べてみたらいろいろと面白い事実が見つかったので、自分用のメモとして記事に残しておこうと思う。
英語配列のルーツ
HHKB の配列どうこうの前に、そもそもよく見るこの配置は何が由来だろう。

海外で販売されている多くの(ほとんどすべての、といっても良い)キーボードが準拠しているこの配列は、一般的には英語配列、あるいは US 配列と呼ばれている。
この配列は、米国国家規格協会によって標準化されている。英語では American National Standards Institute といい、頭文字をとって ANSI と言われる。そのためこの配列を ANSI 配列と呼ぶこともある。
キーボードのキー配列についての標準化を定めた文書が INCITS 154-1988[S2009] である。試しに読もうとして見たが、なんと有料で $60 かかる。さすがに個人ブログのために 10000 円弱を払うのは苦しいので、紹介だけで許してほしい。
もう少し深堀りして調べてみたい。ファイル名に 1988 とある通り、この標準のオリジナルは 1988 年に定められた。その元となったのは、「あの」ビッグテック IBM の 101 キーボードといわれている。中心部分だけを抜き出したキー配列がこちら。

ほとんどよく見慣れたキー配列にそっくりである。右上には BackSpace が大きく陣取り、 R-Shift は大きい。 A の横には Ctrl ではなく CapsLock が控えているのも気になるが、それについては下の記事が詳しい。記事の 1 ページ目にもあるとおり、 A の横は今に至るまでずっと CapsLock だったわけではなく、キーボードによってコロコロ変わっていた。それが Ctrl になっていた時代もあった。
IBM PC はこのキーボードをひっさげて当時のパソコン市場を席巻した。やがてその地位は Microsoft へと移り、 Windows 95 が発売されたころにはキーボードにも Win や Menu が追加されて、現在の形となった。Windows パソコンが覇権を取っている以上、サードパーティー製のキーボードもそれに準拠して作る。こうして ANSI 配列は現代のスタンダードになっていった。
HHKB のルーツ
HHKB が発売されたのは 1996 年。 IBM のキーボードが世に出て市場を席巻、そこから着想を得て HHKB が開発された、としても一応つじつまの合う時期ではある。しかし実情は全く違い、そこには Sun Workstation というまた別のパソコンが関係している。
HHKB のはじまりともいえる論文は 1992 年に執筆された。『けん盤配列にも大いなる関心を』は、現在 PFU の公式ホームページから閲覧できる。
ここには和田先生のキーボード遍歴がつづられている。なかでもとくに Sun WorkStation のパソコン Sun 3 と SPARCstation につけられたキーボードはこの後大きくかかわってくるので、ここで見ておきたい。Sun Workstation は、かつて存在した UNIX ベースのコンピューターである。
まず Sun 3 から。

短くなった R-Shift や下の段に降りてきた Delete は、ANSI 配列のそれとは大きく離れている。BackSpace はファンクションキーと同じ段まで押し出されているのは面白い。
つづいて SPARCstation のキーボード。

Sun 3 からは大きく配列が変わっている。Enter の形はむしろこんにちの日本語配列に近いし、Delete と BackSpace は位置が入れ替わっている。バックスラッシュなんかはもはや上の段に押し出されてしまっている。
和田先生の記事『個人用小型キーボードへの長い道』では、このように Sun WorkStation がキーボードの配列をコロコロと変えることへの不満がつづられている。
Sun WorkstationでSun 1, Sun 2, Sun 3と新機種が出る度に, どういうわけかキー配置が微妙に変るのである. これはユーザー無視であり, アメリカのサンマイクロの人が(当時私のいた)東大を訪ねて来る度に, 私はこのことを訴えた. 1992年4月 にSun World Expoに行った時も, 会場にユーザーの声を聞くブースがあったので, そこで執拗に抗議もした. しかしいつも反応はなし. (『個人用小型キーボードへの長い道』)
これに耐えかねた和田先生が、計算機が変わっても使い続けられるマイ・キーボードを、という思想のもと考案したのが、上記の論文で提案された Alpha キーボードである。それがこの形。

『Sparcstation2 と Sun3 の合いの子』というこのキーボードは、上であげたうちの SPARCstation のほうをベースにしている。かな入力への対応を意図してのことだったらしい。
Type 4にした理由は丁度その頃私が Type 4で仕事をしていたということもあるが, 仮名を割り当てるにはType 4のキー配置の方が適していたからである.そういうことで設計したのが図1のキーボー ドである.(『個人用小型キーボードへの長い道』)
ところが、まさにその Enter の形に「ホームポジションから通すぎる」として物言いがついた*1。そこで次なる案として、Sun 3 のキーボードをもとにした配列ができた。これが Aleph キーボードと呼ばれるものである。

現代の HHKB とほぼ同じ形をしている。違う点はスペースバー横のキーの有無と、現在 Fn がある部分に Meta が存在しているところだけである。 Meta は、ざっくりいうと Windows でいう Alt のように、他のキーとの同時押しによりコマンドを入力するキーである。
この配列こそ HHKB の祖先であり、さらにいえば Sun 3 のキーボードが HHKB の祖先である、と言い切っていいだろう。
この Aleph キーボードを原案として HHKB が作られていく。 Aleph キーボードから HHKB に至るまでの詳しい変遷は、当時企画・開発に携わっていた八幡さんの note が参考になると思う。
IBM PC や Mac との互換性のためファンクションキーや矢印キーを追加する必要が生じた Aleph キーボードは、新たに Fn を設けるという進化を遂げた。そこで従来 Fn キーの位置にあった Meta はスペースバーの横につくられたキーに移動した。Sun のキーボードでは Meta にはひし形の刻印がなされている。現在の HHKB においてスペースバーの左右にあるキーにひし形の刻印がなされているのはそれが理由である。
そんなこんなで HHKB の配列は完成し、以降現在まで姿を変えずに生き続けている。

現在は Sun PC はなくなり、パソコンといえば Windows か Macintosh という時代になった。それに伴って、ファンクションキーや矢印キーを使う頻度も増えた。それでも HHKB は、必要最小限の機能を持つコンパクトなキーボードとして、いまだ多くの支持を集めている。
まとめ
時系列をまとめるとこのようになっている。
1985: Sun 3 発売
1987: IBM 101 キーボード発売
1988: ANSI によるキーボードの標準化
1989: SPARCstation 発売
1992: 和田先生、 Alpha キーボードを発表
その後、Aleph キーボードが考案される。
1995: Windows 95 発売、それに伴って Windows キーつきの 104 キーボードが販売。
1996: 初代 HHKB 発売
というわけで一般の英語配列キーボードと HHKB についてルーツを探ってきた。HHKB の土台にあったのは Sun 3 のキーボードで、それは現代の標準ともいえる IBM → Microsoft とは独立した流れであることがわかった。HHKB は既存キーの分割という奇天烈な発想ではなく、かつて存在した既存のキー配列の工夫により生まれていたのでした。
Sun 3 キーボードのオリジンはどうなっているだろう。さらに歴史を遡ったら、三度の飯よりコンピューターが好きで、その最も大切なインターフェースであるキーボードのことを和田先生をしのぐほど日夜考えているような奇特な人間が、もしかしたらいるかもしれない。暇があったら調べてみたいが、これはずっと難しい作業になるだろうと感じてなかなか手が動かない。
*1:文書 https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf1995/part19.pdf の 2.2 節を参照。