こんばんは。
ポカポカ陽気が気持ち良い季節となりました。
自分が何に楽しいと感じるのか分かりたくて、1人で「私は何を楽しいと感じるのか見つめようキャンペーン」を実施しました。 自分の整理と区切りのために、ブログに残します。
結論
私にとって楽しいと感じること
- 自分のためにもくもくとするもの
- 自分の理想を自分で形にできるもの
- 実際にないものをあるかのように色々空想して話すこと
つまり?
- ひたすら没頭して無になれること
- なんかすごい幸せな気持ちになって、ずっとそれが続くといいな〜ってなる
と、思わせてくれる時間や物事のようです。
私にとっての「楽しい」の定義は?
- 可能な限りこの状態を保ちたい
- なるべくこの状態が維持できるように過ごしたい
- 自分がこの選択をしてよかった
と思えるものです。 まだまだ自分で確信を持てていない部分が多いため、今後も実際そうなのか、観察を続けていきます。
背景
自分が続けられることが欲しかった
なぜこのキャンペーンをしたかというと、自分がこれからも続けられそうなことが知りたかったためです。
ありがたいことにここ1ヶ月くらい、いろんな方とお話しする機会を頂けています。 立場や年齢、経験も違う皆様に、私は毎回同じ質問をしていました。
「物事を頑張る・頑張らないラインはどう決めていますか」
2月なかば、量で質を補うことに限度があることを感じ、じゃあそこからどう解決すれば良いか。 何を優先し、何を犠牲にして先に進んでいくべきか。 なるべく多くの選択肢を知りたく、色んな方に答えていただきました。
その中でも共通して多かったのは、「自分が楽しいかどうか」という回答でした。
何が大事で楽しいのか答えられなくて悔しい
「ふみふみは、何をしている時が一番楽しい?」
「どんなことを、人生で大事にしたいですか?」
この質問をはじめにされたとき、私はすぐに答えられませんでした(今はなんとか言語化できています!)。
それだけ目の前に必死だったというよりは、言語化せずになあなあにしてしまっていたのかもしれません。
答えられないことに一つショックを受けた私は、このままではまずい、となり、 私は何を楽しいと感じるのか見つめようキャンペーン を始めたのでした。
自分のことなのになぜ「楽しい」を言葉にするのが難しいか
自分の「楽しいイメージ」と実際の自分への乖離
結論、自分が持つ「楽しい」のイメージと、実際に自分が楽しいと感じている行為の乖離があったために、 言語化するまでがとても難しく感じてしまいました。
自分が持っていた楽しい、のイメージ:
- テンション上がって踊り出しちゃう
- もうなんか笑けちゃう

実際自分が楽しい、にあげたもののイメージ:
- テンションはとんでもなく高いかと言われるとそうでもない
- でも、ずっと続けていたい、この時間を大事にしたい、と思える

テンション上がるばかりが「楽しい」じゃない
しかし言葉にする中で、別にテンションがぶち上がるんじゃなくても自分が楽しいならいいじゃない、と開き直っていきました。 自由ですね。
すると自分が楽しい、に対して理想と現実の乖離があることに気づけました。
比較的楽しい時は楽し〜〜〜と言葉にしているつもりですが、それでも自分が気づかない楽しいポイントにも気づけた気がします。 ちょっとお得な気持ちです。
結論
私にとって楽しいと感じること
- 自分のためにもくもくとするもの
- 自分の理想を自分で形にできるもの
- 実際にないものをあるかのように色々空想して話すこと
つまり?
- ひたすら没頭して無になれること
- なんかすごい幸せな気持ちになって、ずっとそれが続くといいな〜ってなる
と、思わせてくれる時間や物事のようです。
私にとっての「楽しい」の定義は?
- 可能な限りこの状態を保ちたい
- なるべくこの状態が維持できるように過ごしたい
- 自分がこの選択をしてよかった
と思えるもの。
最後に
自分が何を楽しいと感じるか、どんなことが楽しいのかは引き続き見つめていきます。
楽しみ方も色々変えつつ、今が一番楽しいおばあちゃん目指していきます!!