結論
- 色々あって頑張れなくなった
- でも今はきっとそういうタイミングだろうから大人しく流されたりもがいたりすることにした
背景
人が生きる理由とか、働く理由なんてそれぞれでいいと思う。
なくても生きてはいけるし、ご飯が食べられたらそれでいい。
強いていうならきっと今は、ご飯を食べたり、友達と気軽に遊んだり、自分の身や心を助けたりするためのお金を集めるために頑張っているのかもしれない。
でも、そういうんじゃなくて。
こういう姿になりたいから、今の時間はそのために頑張る、みたいなのが欲しい。
もちろん別になくても困りはしないんだけど、ないことによって手につけるもの全てに対して腰が重くなっている。
これが...しんどい。
だからできれば、頑張る理由が欲しいのだ。
できればあまり言いたくないモチベーションの話
やりたいやりたくない、じゃなくてやる。が難しくなってきた
私は「やりたい」ことが「できる」人だと思っている。
例えば自分が欲しいイベントやコミュニティがなければ作るし、そのために人を誘ったり一緒に協力してもらったりして実現することはこれまでちまちまやってきた。
それは自分が「ないなら作ればいい」で動けていて、「自分が欲しいから作る」が出来ているからだ。
自分がほしい。自分がやりたい。だからやる。
でも、最近そこのエネルギーがどうも足りない感じがするのだ。
ドキュメントを読んでも目が滑る。開発をしていてもしょうもない実装漏れがあるせいで進んでない。
果たして私はこのまま仕事続けられるんだろうか。
ただ足を引っ張ってしまうんじゃないか。
そんな気持ちが時たま現れて、私に頭を抱えさせる。
でもやるんだよ
そう。
それでもやらないと目の前のタスクは片付かない。
一応お金もいただいている。
やりたいと言っていた言語の仕事を任せてもらえている。
せめて、せめて私が倒れてどうにかなるまでは。
でも、もし倒れて、こちらに戻って来られなかったら?
休み方がわからない。
私以上に、150%で働かざるを得ない人間が周りに何人もいる。
多分それは続かないことも、自分がその手前にいるかもしれないこともなんとなく感じている。
それでも私はオーバーになろうと動き続けないといけないような気がしている。
150%にならざるを得ない人が前にいる
私の母は介護士をしている。 かれこれ40年のベテランだ。
介護の現場は老老介護、労基とは何か、のような状態が続いているらしい。
みているだけでもそれは感じる。
首を痛め、腰を痛め、心を痛め....
それでも「人が足りていないから」「午前中だけだから」と母が家を出ていくのを何遍も見てきた。
私は、そんな母に育てられ、ありがたいことに学費も出してもらい、おかげで今この時間を手に入れられている。
そんな自分が、たかだか10割にも満たない仕事を抱えて倒れそう、だなんて。
とても、とても言えない。
もちろん親は子供の幸せを願っているだろうから、そんなこと言ったってきっと体を大事にして、というかもしれない。
でも、でも。
量でしか質を補えない自分に、これ以上どう大事にしながら金をもらっていけばいいのかがわからない。
そんなふうに考えてしまう。
とりあえず寝た方がいい
頭がまとまらない。
頑張れないというのは疲労もあるかもしれない。
もう寝て、体を休ませて、また明日なんとかやり過ごしていこうと思う。
これをここまで読んでいただいたあなたにも、明日が穏やかで幸せに満ち満ちていることを願っている。