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2020年2月に運行されたバスツアー
『空想地図作家、珍スポマニア、片手袋研究家とバスで行く「動く!別視点大学」~都市は生き物なの?片手袋、珍スポ、地理から人と都市を読み解く~』
のレポート記事です。
車窓の風景から都市を読み解いた。




【著者】

村田あやこ 
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ライター。福岡出身。
街角の園芸活動や育ちすぎた植物の魅力を「路上園芸学会」名義で発信。
『街角図鑑』(三土たつお編著・実業之日本社)をはじめ、ウェブマガジンや雑誌等にコラムを寄稿。2016年よりデザイナーの藤田泰実とともに路上観察ユニット「SABOTENS」としても活動。
組み合わせると路上園芸の風景が作れる「家ンゲイはんこ」の制作や、国内外での作品展示・グッズ販売を行う。



「右手のビッグボーイをご覧ください」
「今ちらっと、ゴム手袋類の片手袋が見えましたね」

車窓の外を見ながら、こんな解説が飛び出すバスツアーがかつてあっただろうか。

2月24日、バスツアー「動く!別視点大学」が開催された。
ツアーの副題は「都市は生き物なの?〜片手袋、珍スポ、地理から人と都市を読み解く〜」
タイトルの通り、マニアの解説とともに都市を読み解くツアーだ。

ガイドを勤めたのは、空想地図作家の今和泉隆行こと地理人さん、片手袋研究家の石井公二さん、珍スポットマニアの松澤茂信さんの3名。


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地理人さんは、7歳から実在しない都市の地図を描く空想地図作家。
そのベースとなっているのが、47都道府県300もの都市に及ぶフィールドワークの蓄積。
目の前の風景から都市の動態を読み解く達人だ。



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石井さんは、7歳から街に落ちている片方だけの手袋「片手袋」に目を留め、研究を続けてきた片手袋研究家。
「人が落とした片方だけの手袋」というミクロな事象を通し、都市を観察している。
ツアー冒頭でも、自己紹介するそばから「あ、あった」「またあった」と、沿道の片手袋を見逃さない。



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そして松澤さん。
ちょっと変わった観光地を紹介する「東京別視点ガイド」の編集長で、このバスツアーを企画する会社「別視点」の代表だ。
これまで1000箇所以上の珍スポットを巡ってきたとか。

一般的なバスツアーだと、バスはあくまで目的地に到達するための手段であることがほとんどだろう。
しかし今回は、むしろ移動中のバスが本番。
マニアの解説とともに車窓に流れる風景を味わうことで、マニアが見ている世界をリアルタイムで味わえるツアーなのだ。
心して臨みたい。



「右手のセブンイレブンにご注目ください」車窓から見える風景をマニアが読み解く!


午前8時、バスが池袋駅を出発した。
ここからは手元の資料を見ながら、ひたすら車窓の外を見ていく。


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池袋から川越に進んでいくにつれ、徐々に人口密度が下がっていく。
地理人さんいわく、それによって街の風景も変わっていくらしい。


たとえば・・・

(1)郊外に行くにつれて洗濯物が増える

駅に近い建物は、主に店舗や事務所として使われている。
しかし郊外に行くにつれて、家族世帯が増えるので、徐々に建物にかかる洗濯物の量が多くなるそうだ。
つまり、洗濯物の量を見ることで、今いる場所が市街地なのか住宅地なのかが、ある程度予想できるようになる。

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(2)郊外のコンビニは道路まで遠く駐車場が広い

「右のセブンイレブンにご注目ください!」
突然そう呼びかけた地理人さん。

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外を見ても、普通のセブンイレブンに見えるが、ん?
地理人さんいわく、都心と郊外ではコンビニの状態が変わるらしい。たとえば都心のコンビニやファミレスは道路から建物までの距離が近いが、郊外では距離が遠く、かつ広い駐車場がついている。郊外は都心に比べて土地が安いためだ。

つまり、目の前にコンビニやファミレスがあったら、駐車場の有無や道路からの距離感で、今いる場所が都心か郊外かが分かるのだ。
へえ〜!

ちなみに地理人さん、今回のツアーに先立ち「事前にストリートビューで、ルート上のコンビニを全部チェックしてきた」そう。すげえ。
それにしても、「右のセブンイレブンにご注目ください」っていうバスツアーなんて、ほかにないだろう。



(3)沿道のお店の雰囲気で、古い道か新しい道かがわかる

車がなかった時代にできた「旧道」は、道幅が狭く、道沿いには個人店の電気屋や酒屋、八百屋、肉屋など、古くからある業態のお店が並ぶ。建物も年季が入っている。

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一方、高度成長期以降に作られた「新道」は、道幅が広く、道沿いには大型量販店やガソリンスタンドなど大規模なお店が並ぶ。
つまり、道沿いのお店を見ることで、その道がいつ頃できたかをある程度予測できる。



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・・・と、車窓越しの風景を逐一追いかけ、そこから読み解けることを怒涛のように解説してくださる地理人さん。
さらには解説しているそばから、偶然通り過ぎたバスを見て「このバス、何人くらい乗っているかな?」と乗車人数もくまなくチェック。
人口密度によって、バスの活動度合いも違うそうだ。
地理人さん、常に目も頭もフル回転だ。



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片方だけの手袋から見える、都市生活の裏側


さて、バスは高速道路へ。
「高速道路は片手袋のホットスポット」ということで、ここから石井さんに攻守交代となった。
「片手袋」とは、道に落ちている片方だけの手袋のこと。石井さんはそれを長年観察してきた。
素人目に見ると、どれも同じに見えてしまう片手袋だが、石井さんによると、どうやら細かく分類できるらしい。

たとえば衣類として身につけるものは「ファッション・防寒類」、作業用のものは「軽作業類」「重作業類」といった風に、まず目的別に分ける。そして放置されているか、誰かが拾ったかで「放置型」「介入型」。さらに、発見した状況や場所で「歩道・車道系」「ガードレール系」など。「片手袋」と一口にいっても、細かく見ていくと、元々の使われ方や落ちた経緯は様々なのだ。


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ちなみに高速道路の場合、工事や土木、配送などの車両から落ちるケースが多いそう。大型トラックの給油口の作業用として片手袋が使われることが多いためだ。
へえ〜!
片手袋を通して、日常生活の背後を支える専門職の世界まで垣間見えてくる。

ちなみに、このツアー中に片手袋を10枚撮影できたらプレゼントがあるというが、参加者で撮影できた人はまだゼロ人。
一方で、
「あ、いまディスポーザブル類(※使い捨てタイプの手袋)が落ちていました」
「いまちらっとゴム手袋類も見えました」
と次々と片手袋を発見する石井さん。
長年に渡る研究の蓄積を感じさせる、ものすごい動体視力だ。

それにしても、これまでだったら「なんてことない」と素通りしていた景色が、こんなに見どころにあふれていたとは!
傍目に見ると「なんでもない」ように見える都市の風景であっても、マニアの手にかかればぐっと解像度が上がる。

ハ〜、バスに乗っているだけなのに、頭も目も休むまもなく使いっぱなしだ!



観光スポットそっちのけで片手袋さがし


車窓からの風景をたっぷり堪能した後、バスは「川越城本丸御殿の公園」へ到着。
この公園には、江戸時代に17万石を誇っていた川越城の本丸御殿(城主の住居などがあった城の中心)があった。

バスを降りた一行は、石井さんから観光地における片手袋について解説していただく。
観光地は、お金のやり取りが多く、食べ歩きのメッカ。必然的に手袋を外すシーンが多いため、片手袋の数が多いという。また観光地の場合、なくしたことに後で気づいても回収しに戻れないことも、片手袋の発生につながるそうだ。



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石井さんの解説とともに、歩きながら片手袋を探すことに。



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手袋を発見するやいなや、「あったー!」と沸き立つ一行。



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なんでもないような場所でも、片手袋を探すことで一気にクエスト感が出て楽しい。



バスツアー中に、他の路線バスに浮気された


江戸時代には、タピオカ並みに焼き芋が流行っていたという川越。
お昼は、「割烹ささ川」さんにて、名物のさつまいもを使った料理をいただく。


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色鮮やかに品よく盛られたお重。さつまいものほんのりした甘みを楽しめるおかずは、どれも滋味深い味わいだ。


食後は「菓子屋横丁」を各自散策。

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蔵のあるレトロな雰囲気のお菓子屋さんが、軒を連ねている。



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街並みをゆっくりと散策し、50分後にバスに戻った。


地理人さんはなんと、この50分間の間に「本川越駅前にある百貨店を見て、バスに乗って帰ってきた」そう。
地理人さんいわく、川越の面白さは、南に行くにつれて、明治・大正ロマン・昭和・平成・令和と、街並みから時代の変化を味わえること。
50分という時間の中で、徒歩とバスを駆使し、それを一気に味わってきたそうだ。
呼吸をするように、常に都市の動態を俯瞰する地理人さん。

松澤さんは「バスツアー中に他のバスに浮気されたの、初めてですよっ!」と叫ぶのだった。



「財は私せず」人力で50年かけて掘った洞窟は、まるでマニアフェスタ会場


さて、バスは群馬へ向けて走り出した。
地理人さんと石井さんからたっぷり車窓の風景を解説していただいたせいか、窓から見える風景がそれまでと違って見える気がする。


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バスが向かったのは「高崎洞窟観音」。
群馬県高崎市にある長さ400メートルもの人口洞窟。呉服商をやっていた山田徳蔵さんが、なんと50年かけて全て人力で掘った洞窟だそうだ。
「財は私せず」をモットーとした徳蔵さん。仕事で稼いだ多額の私財を投じ、80代で亡くなるまで、ほぼ毎日スコップやつるはしなどの人力で掘り進めたそう。



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入り口をくぐると、ずっと奥まで洞窟が続いている。
これ、人力で掘ったのか〜・・・と思うと、ちょっと気が遠くなる。



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極楽浄土をイメージした洞窟の坑道には、39体の観音像がおさめられている。
暗闇に浮かび上がる観音像は、幻想的な雰囲気だ。



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「洞窟に入った瞬間に湧き上がった『なぜ?』という感情。マニアフェスタ会場を訪れた来場者の気持ちが初めてわかりました」と、石井さんがつぶやいた。
さまざまなジャンルのマニアが100組以上集まるイベント「マニアフェスタ」。
確かに、信仰の対象は違えど、何か一つの対象に特化し、時に狂気的に取り組み続ける姿勢は、マニアフェスタに参加するマニアの方々と、共通する点があるかもしれない。

「洞窟を掘る作業員がお休みのときには、妻をかりだした」という点にも共感したという石井さん。
今回のツアーのパンフレットは、奥さまに製本を手伝ってもらったそうだ。



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ウルトラマンと同じ大きさの観音!見渡す街全体が「片手袋」


バスは最後の目的地「高崎白衣大観音」へ。
高さ41.8メートル。ウルトラマンとほぼ同じ大きさの高崎観音は、小高い山ににゅっとそびえ立ち、高崎の街を見下ろしている。


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観音様の足元で街を見下ろしながら、石井さんから今回の旅を締めくくる解説が行われた。

石井さん「我々が普段当たり前に暮らしている街・都市は、固定された一つのものではなく、過去から未来に向かって様々な変遷を経て、今暮らしているありようが存在している、ということ。
今日の地理人さんの解説から、それが明確にわかりました。

僕はそれを、片手袋という極小の現象を通して感じています。
都市は同じ状態にはとどまらず、常に動き続けています。今ある景色は常に新しく変化していく予兆。
そこに片手袋が発生したりなくなったりする循環こそ、片手袋だと思っています。」



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石井さんは今や、街の風景そのものが「片手袋」に見えているらしい。



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「ほら、片手袋でしょ」と向こうの方の街を見渡しながら参加者に問いかける石井さん。



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石井さん「突き詰めていくと、なんでもない街の様子、人が通勤し、ものを運んでいる人がいることで片手袋が生まれているんです。目に見えていないだけで、あの片隅で片手袋が発生したかもしれません。
いま見ている景色も一秒後には変化します。そういうこと全てが片手袋なんです。都市は一様ではなく、常に変化し続けている。それには理由があるんです。」



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観音様のてっぺんまで上り、小窓から街を見下ろす。観音様の胎内は、まるで変化し続ける都市のように、内壁がぐねぐねと動いているようにうねっている。



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胎内の小窓から、米粒みたいに小さく見える街を眺めながら、「おお・・・あれがすべて片手袋か・・・」と、石井さんの言葉を反芻した。

都市の流通や生活などの運動がなければ、片手袋は生まれない。人の生活がある限り、そこには片手袋が発生しうる。
そして、人間活動が続く限り、時代ごとの合理性の中で都市の表層も変化する。
「なんてことない」ように見える風景を丹念に読み解き、片手袋のような些細な事象からも、背後にある人の営みをすくい取ることで、その街が歩んできた変化のダイナミズムを体感できるのだ。



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昔話「片手袋地蔵」を聞きながら、旅はフィナーレへ


バスは東京へ向けて動き始めた。
ガイドの皆さんが、今日のツアーを締めくくる。


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地理人さん「今日は都市という生き物から社会を見てみましたが、石井さんの片手袋や、松澤さんの珍スポットのように、一人ひとり違う視点があると思います。皆さんそれぞれの視点で捉えた都市についても、ぜひ聞いてみたいです。」

石井さん「ガイド側や参加者の方々、それぞれ違う視点から同じものを見てみることで、こんなに街の見え方が変わってくるんだな、ということを実感しました。皆さん、家に帰って、その後死ぬまでが片手袋です。

松澤さん「徳蔵さんにとっての洞窟が、私にとってのツアーや一本一本の記事。外から見たら何のためにっていうことを、スコップで一つ一つ掘っていく感覚で続けています。
それはマニアフェスタに出ているマニアの方や地理人さん、石井さんも同じ感覚でやってるんじゃないでしょうか。今回のツアーでは、それを具現化した形で皆さんに見せれたのがよかったなと思います。」



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ツアーもいよいよ終わりか、というところで、「実は偶然、片手袋にまつわる昔話を偶然発掘したんです。」という石井さん。

「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが、仲良く暮らしていました・・・」

印字のないCD-Rから、日本昔ばなし風の音楽とともに流れてきたのは、昔話「片手袋地蔵」。
不慮の事故でおじいさんが亡くなり、悲しみに明け暮れるおばあさん。買い物に出た渋谷で偶然出会ったのは・・・。

「あら?このナレーション、どう考えても石井さんの声だぞ?」
冒険あり、笑いあり、涙ありの石井さんの創作昔話し。
数日かけて、脚本を練り上げ、効果音を作り、創作昔話を収録したんだとか。
片手袋研究のまた別の側面を聞き入りながら、バスは東京へ向かうのだった。