東京新聞 2016年12月27日(火)
障害者は四つ葉のクローバー
「クリエーターでありたい」
母親が「子どもの面倒を見ることができません」と言ったら、「母親なのに?」「それなら、子どもをつくらなければよかったでしょう」と思う人もいることでしょう。助けを求めることは時には勇気が入ります。ダメな人間だと思われないか、迷惑がられ、クレーマーだと思われないかと不安になってしまうからです。障害がある私は子育てが大変なときもあり、子どもを保育園に預ける必要がありましたが、それはとても厳しく、役所と話し合いを続けました。
日本の多くの自治体は、両親ともにフルタイムで働いていることが入園の基準です。親の病気や障害なども考慮されますが、待機児童が多い私の市では、それが重要視されていませんでした。
息子が生後8ヶ月だった2014年3月に神奈川県に引っ越してきたとき、4月からの入園申し込みは締め切られていました。途中入園も難しいので、一時保育を利用しながらどうにか一年間を乗り切り、15年の4月から1歳児での入園を希望していました。
わが家は夫がフルタイム勤務、そして不規則な仕事をしているので、私がメインとなってへルパーと一緒に子育てをしています。しかしヘルパーの利用時間は自治体の規定で限られ、子どもとの生活も予定通りにいきません。さらに当時、私は第二子出産のため長期の入院も控え、入園がどうしても必要でした。
しかし認可園も無認可園も、15年4月の入園は無理でした。市の担当者と話し合いを重ね、市長に手紙も書き、5月にどうにか入園できたものの、狭い踏切を通らないと通えず、エレベーターもない園。車椅子の私には、送迎に危険を伴います。さらに転園の交渉を続け、私でも安心して送迎できる園に入れたのは、入院のわずか5日前の7月のことでした。
話し合い最中は、必要なことを伝えているだけなのに、わがままだと思われないか、迷惑がられないかと不安になることもありました。特に転園をお願いすることには悩みました。しかし私が訴え続けたこともあり、市では16年度入園の審査から、親に重度の心身障害があるとポイントがつくことになりました。クレーマーのように思えていた自分が、基準を変えるまでの「クリエイター」になることができたのです。
私が心が折れながらも行動できるのは、12歳の時の自分を思い出すから。近くのショッピングセンターに車椅子用トイレがなく、困っていたので「お客さまの声をお聞かせください」という意見箱に「車椅子トイレをつくってください」と書いて入れました。が、私一人の意見ではダメだと思い、友だちや先生、いろいろな人にお願いして、書いてもらいました。それから数ヶ月後、なんと車椅子トイレができたのです。あの時の一歩が、今の私も動かしています。
不安に負けずに、クリエイターになり続けたい。そして一緒に動いてくれる人がいると、より心強く、嬉しいです。お互いの困っていることを聞き合いながら、楽しい毎日を作っていきましょう!
障害者は四つ葉のクローバー
「クリエーターでありたい」
母親が「子どもの面倒を見ることができません」と言ったら、「母親なのに?」「それなら、子どもをつくらなければよかったでしょう」と思う人もいることでしょう。助けを求めることは時には勇気が入ります。ダメな人間だと思われないか、迷惑がられ、クレーマーだと思われないかと不安になってしまうからです。障害がある私は子育てが大変なときもあり、子どもを保育園に預ける必要がありましたが、それはとても厳しく、役所と話し合いを続けました。
日本の多くの自治体は、両親ともにフルタイムで働いていることが入園の基準です。親の病気や障害なども考慮されますが、待機児童が多い私の市では、それが重要視されていませんでした。
息子が生後8ヶ月だった2014年3月に神奈川県に引っ越してきたとき、4月からの入園申し込みは締め切られていました。途中入園も難しいので、一時保育を利用しながらどうにか一年間を乗り切り、15年の4月から1歳児での入園を希望していました。
わが家は夫がフルタイム勤務、そして不規則な仕事をしているので、私がメインとなってへルパーと一緒に子育てをしています。しかしヘルパーの利用時間は自治体の規定で限られ、子どもとの生活も予定通りにいきません。さらに当時、私は第二子出産のため長期の入院も控え、入園がどうしても必要でした。
しかし認可園も無認可園も、15年4月の入園は無理でした。市の担当者と話し合いを重ね、市長に手紙も書き、5月にどうにか入園できたものの、狭い踏切を通らないと通えず、エレベーターもない園。車椅子の私には、送迎に危険を伴います。さらに転園の交渉を続け、私でも安心して送迎できる園に入れたのは、入院のわずか5日前の7月のことでした。
話し合い最中は、必要なことを伝えているだけなのに、わがままだと思われないか、迷惑がられないかと不安になることもありました。特に転園をお願いすることには悩みました。しかし私が訴え続けたこともあり、市では16年度入園の審査から、親に重度の心身障害があるとポイントがつくことになりました。クレーマーのように思えていた自分が、基準を変えるまでの「クリエイター」になることができたのです。
私が心が折れながらも行動できるのは、12歳の時の自分を思い出すから。近くのショッピングセンターに車椅子用トイレがなく、困っていたので「お客さまの声をお聞かせください」という意見箱に「車椅子トイレをつくってください」と書いて入れました。が、私一人の意見ではダメだと思い、友だちや先生、いろいろな人にお願いして、書いてもらいました。それから数ヶ月後、なんと車椅子トイレができたのです。あの時の一歩が、今の私も動かしています。
不安に負けずに、クリエイターになり続けたい。そして一緒に動いてくれる人がいると、より心強く、嬉しいです。お互いの困っていることを聞き合いながら、楽しい毎日を作っていきましょう!