喫茶ヘッケルンは、創業から40年が経つという。喫茶ヘッケルンは、創業から40年が経つという。コーヒーはサイフォンで一杯ずつ淹れ、看板メニューのジャンボプリンは、普通のプリンの2.5倍の大きさだとマスターの森さんはいう。
そのプリン・コーヒーセットが600円なのだから嬉しい。
お客さんの男女比は、だいたい7:3。店のプリンはもちろん男性にも人気。
「男性もプリンが好きな人、多いよ」と森さん。

プリン・コーヒーセット

このメモして帰らなかったら覚えていられなかっただろう店名は、アメリカの漫画から。主人公のカラスの名前だそう。漫画自体の名前は覚えてない、とのこと。
森さんは蝶ネクタイに渋い声、やさしい笑顔で話す。

「それまではレストランで働いていて、独立したんだよ。本当はレストランをやりたかったんだけど、資金が足りなかったから喫茶店にしたんだ。値段は30年変えてない。店も値段も人もみんな変わってない。ここはとても人間的な店だと思う。対話なくして成り立たないよ。人間同士のコミュニケーションが大事だと思う」

店内風景

店はカウンターとテーブル席を合わせて20席ほどなので、マスターの立っている位置からどこの席に座っても近い。
撮影した時間はちょうど、朝出勤前のお客さん達が出て、昼のお客さん達が来る前の時間帯。
お客さんの来る時間帯には、マスターとお客さんの会話が聞こえるのはもちろん、名前は知らないけど顔見知りの常連客同士や、あっちの会話とこっちの会話が繋がったり、なんていうことも結構あるのかもしれない。

コーヒーの値段もプリンの値段

コーヒーの値段もプリンの値段もとても安いと思うのだが、なぜ値段を上げないのかを聞いてみた。この辺だったらもう少し高くてもちっともおかしくない。
あと、プリンをジャンボにしたのに理由はあるのか。

「お客さんも長く来てくれている人が多いし、長く来てくれてるのが私も嬉しいし。だから値段を上げない。ここら辺ではお店が生き残るのは本当に大変なんだよ。向かいの店なんて、一年間に三回も入れ替わってる。次に来てみたら、もう違う店になってるかもしれないよ。
プリンは、他の店との差別化のため。
私は、どんなお店でも、なんでもいい、ひとつだけでもその店にしかないものがないと続かないと思ってる。特徴がないと生き抜いていけないんだよ。プリンが大きかったらうれしいじゃない?うちのは生クリームもなにもつけてないの。素朴なのが一番だと思ってるよ。他の店でさくらんぼやら生クリームやらなにやらついててかわいらしくなっちゃってさ、男性が頼みにくくなっても、うちのなら頼めるでしょ。
ピンチなくしてチャンスなし、石の上にも三年なんていうけどさ、最近じゃ石の上にも一年っていう感じだよね。一年店続けるのだって大変なんだから。
人生なんて10のうち9はつらいことだよ。でも1、幸せがあったらいいじゃない。その1のためにがんばってるんだ」

店内風景

そういって森さんはにこっと笑った。
店はとても居心地がよく、マスターとの話は楽しくて、ああこの店の話を聞けてよかった。そしてまたいつか、話のつづきを聞きたいな、そう思った。
長く愛されている場所には、他にはないものがある。
ヘッケルンにはやさしい味の大きなプリンがある。
ジャンボプリンは森さんの、この場所へ来てほしいという想いのかたちであり、40年この場所で生き抜くための手法だったのだ。

店内風景

店内風景

気になる喫茶店に入るのがわくわくすることなのは、その店だけの何かを見つけにいっているからなのかもしれない。
--この店の場合、ここにしかないものは何なのか?
そんなふうに思いながら、これからも知らなかった喫茶店に入ってみよう。
そして、私はいつも、喫茶店の取材をしているはずが、人生の勉強までしているような気がしてならないのだ。
森さんのいう「1の幸せ」が何なのか、そこまでは聞かなかったが、ひょっとしたらカウンターに立ち続け、常連客達の笑顔を見続けることなのかもしれないと感じた。

店内風景



●喫茶 ヘッケルン (虎ノ門)
港区西新橋1-20-11 安藤ビル1S
03-3580-5661
地下鉄虎ノ門駅より徒歩4分/地下鉄内幸町駅より徒歩4分
/JR新橋駅より徒歩5分
8:00~19:00(土のみ~15:00)
日・祝定休
ブレンドコーヒー350円
ジャンボプリン350円
プリン・コーヒーセット600円
外観





  • 塩沢 槙(しおざわ まき)

  • http://www.makishiozawaphotography.com

  • 塩沢槙 写真執筆事務所ブログ

  • 撮影業・執筆業。1975年生まれ、東京都出身。1999年~2000年ロンドンへ留学。帰国後、大学在学中より仕事を始める。近年は東京の街や文化、日々の生活・暮らしに特に興味を持ち、書籍の制作を中心に活動中。2007年『』、2009年『』、2010年
    『』を河出書房新社より上梓。2011年7月、撮影・執
    筆共に手がけた著書4冊目となる『』が河出書房新社より発売になり、好評発売中。