先日、ふとした所用で練馬区の大泉学園を訪れた際、たまたま通りかかった「都民農園セコニック」行きというバスを見て、子供の頃の記憶が甦りました。
このバスは吉祥寺駅からの西武バスの路線ですが、子供の頃に吉祥寺に若干の縁のあった私は、都民農園セコニック行きという風変わりな行き先のバスがいつも気になり、どこか欧風の田園風景をイメージさせるその終点に、一体何があるのかといつも考えていました。あれから30年以上を経て、そのバスに再び出会った今、もう乗らずにはいられません。私は躊躇する間もなく、バスに乗り込みました。

バスは大泉学園通りをすいすいと北上していきます。途中、北園や大泉風致地区など、バス停地名学的には興味深いバス停名がいくつか目につきます。大正末期から箱根土地会社によって開発が進められた大泉学園一帯の街並みは、当初の学園都市構想が頓挫したために、学園不在の学園都市という不名誉なレッテルを貼られてしまいましたが、碁盤の目状に整然と区画整理された閑静な住宅地は、昭和9年に風致協会が設立されると同時に風致地区(自然の景観を保護するための都市計画法上の制度)に指定され、自然と共存した良好な住宅街として成熟してきた経緯があります。バス停に堂々と「風致地区」と謳うあたりに、それが街の誇りともなっている様子が窺えるといっていいでしょう。
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大泉風致地区を過ぎると、間もなくバスは練馬区を突き抜け、埼玉県新座市にほんの少し入ったところで、終点の都民農園セコニックに到着します。車窓にどんな風景が広がるのかと、窓に額を押しつけんばかりに外を凝視していた私ですが、あっけなくバスは停車し、郊外のごく普通のスーパーマーケット前という立地に降り立つことになりました。
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種明かしをしましょう。バス停の周囲に「農園」らしき風景は何ひとつありません。農園は先の風致協会設立時に計画されたものらしく、実現に至らないままこの地区の俗称として定着してしまったとのこと。そして「セコニック」ですが、これは光学機器メーカーの社名で、バス停正面のスーパーの裏手に本社があります。つまり、「都民農園」と「セコニック」をつなげることで、どこか欧風の田園風景を連想させる字面になっていただけ、というオチになります。
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バス好きで知られる泉麻人氏は、雑誌「東京人」の平成11年7月号に「大泉学園町の外れに都民農園セコニックというバス停がある。(中略)セコニックという文字面から、当時、きれいな風車が廻るメルヘンチックなオランダの農園みたいな地を思い描いていたのだが、数年前、訪ねてみて全く期待を裏切られた」と書いていました。同じ思いをした人は(私も含め)案外多いのではないかと勝手に想像していますが、みなさんいかがでしょうか。