喫茶ヘッケルンは、創業から40年が経つという。純喫茶テンダリーは、トランペットが大好きだった元ジャズマンが遺した店。葛飾区にある金町駅から歩いて3分ほどの場所で1970年代のおしまいにはじまって、30年が経つ。
主人亡き今も、奥さんが店をひとりで切り盛りする。
店名の「テンダリー」はジャズの名曲から。サラ・ボーンの歌う「テンダリー」がふたりのお気に入りの曲のひとつだった。
その店の名の通り、静かでひっそりと町に溶け込んだ、穏やかな雰囲気の店だ。

店内風景

店内風景

厳密にいえば、道草とは言えないのかもしれない。年に数回、私は用もないのに金町駅を降りる。比較的近くに用があったときなどに。今日は金町へ行こう、そう決めていく日もある。
金町だけでなくて、そういう町がいくつかある。
年は全然離れているのに、話しているうちに気の合う人というのがときどきいる。
置かれている状況も、育ちも、毎日の生活も、青春を過ごした時代も全然違うのに、話していても居心地の悪さというものをまるで感じない。ちょっと寄り道とはいえないほどに、長居してしまう。時間が経つのが早くて気がつくともう日が傾いていたりする。

店内風景

店内風景

その人はたぶんあまり器用じゃないのかもしれない。それからしゃきしゃき、さばさばしている。第一印象は、「ちゃんと話してくれるかな?」
話したきっかけは取材で、何度も店に通ううちに、たくさん話してくれるようになった。
お店に関しては、サラダのレタスをおいしく出す方法から、クーラーが壊れたときのことや、映画の撮影に店を貸してほしいと頼まれたときのことなど。
休みの日に見た舞台や、映画の話もたくさん。

店内風景

店内風景

もっと濃くて美味しい珈琲を飲める場所を、いくつも知っている。
でも、美味しい珈琲を出せることだけが喫茶店の魅力じゃないと、思っている。
喫茶店の吸引力は、様々な要素でできている。
その様々な要素が、おいしさも作り上げるのだと思う。

そんな、用もないのに誰かに会いに町の片隅の小さな喫茶店に行く。
生活のなかの道草とはいえないかもしれない。道草は、もっと気軽なもののような気もする。でも、こういう、ただ珈琲を飲みながらのんびりと過ごす時間は、貴重な人生の道草かな?なんて思う。
「人生の道草」なんて言葉、気恥ずかしくて本当は使いたくないけれど、この言葉以外、今はしっくりくるものが思い浮かばないから、今日はこの言葉を使います。

店内風景


●純喫茶 テンダリー(金町)
葛飾区金町6-9-9
03-3600-6588
JR常磐線金町駅より徒歩3分
9:00~21:00
月二回定休(二週おきの日曜日)
ブレンドコーヒー350円
ナポリタン(サラダ付き)600円
外観





  • 塩沢 槙(しおざわ まき)

  • http://www.makishiozawaphotography.com

  • 塩沢槙 写真執筆事務所ブログ

  • 撮影業・執筆業。1975年生まれ、東京都出身。1999年~2000年ロンドンへ留学。帰国後、大学在学中より仕事を始める。近年は東京の街や文化、日々の生活・暮らしに特に興味を持ち、書籍の制作を中心に活動中。2007年『』、2009年『』、2010年
    『』を河出書房新社より上梓。2011年7月、撮影・執
    筆共に手がけた著書4冊目となる『』が河出書房新社より発売になり、好評発売中。