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古代ギリシャ・中世ルネサンス「短小包茎こそ男性美の神髄なり!」 現代人「俺は生まれる時代を間違えた・・・」

元ネタ reddit.com


1492年

「この年に何があった?」と聞かれたら、皆さんのほとんどは
コロンブスの新大陸(アメリカ)発見と答えるでしょう。

Reconquista1403_00b.jpg

厳密には彼が到達したのはアメリカではなく西インド諸島だったし、
そこにもアメリカにも先住民がいたので "発見" というのも変な話です。
だけど、当時は学校でそう習ったのだから仕方ない。
管理人も学生の頃、「意欲に(1492)燃えたコロンブス」と憶えたものです。
ま、ともかく1492年といえばコロンブスの偉業を挙げる人が大半かと。
これは日本だけでなく、世界的にそうなるでしょうね。

でも、当時のヨーロッパではどうだったでしょうか?
コロンブスへの資金援助を断ったポルトガル。
逆に彼への出資にGOサインを出したスペイン。
彼が生まれたとされるジェノバ共和国や教皇領のある現イタリア。
そのイタリアを虎視眈々と狙うフランスと神聖ローマ帝国。などなど。

これらの国の人々に1492年12月31日の大晦日、
今年の3大ニュースは何だったか?」と聞いてみたとします。
そうすると、ぶっちぎりで首位の回答はこれになるはずです。

1位 スペインでレコンキスタ完遂。

まず間違いなくこれで決まり。(;^ω^)ホントニ?
ちょっと待て、レコンキスタって何ぞやって話ですが、
日本語だと意訳で国土回復運動、直訳で再征服運動になるそうな。
国土回復、再征服ってことは、スペインは征服されてたってことですね。
うん、スペインというかイベリア半島が持ってかれてました。
イスラム勢力に。

610年頃、アラビア半島にある都市メッカで一人の商人が覚醒。
郊外の山で大天使と邂逅し預言者として目覚めたのです。
彼の名はムハンマド。(英語読みでマホメット)
このナビーが興したイスラム教とその国家は、あっという間に勢力を広げ、
100年後には征服した北アフリカからジブラルタル海峡を越えてイベリア半島に上陸し、3年程度でほぼ全域を支配下に置きました。

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(750年頃のウマイヤ朝の領土。濃い赤はムハンマド生前[632年没]の領土、
赤は正統カリフ時代[632~661年]の領土)

ムハンマドとジハードな仲間たちの快進撃は別のネタで書くとして、
とにかくイベリア半島はそのほとんどがイスラムの手に落ちたのです。
そしてその全土を奪い返したのが1492年。

およそ800年がかりで追い出したわけですよ。(笑)

これはスペイン1国の話ではなく、キリスト教国 vs イスラム教国 という図式だったので当時のヨーロッパ諸国(キリスト教圏)全体の一大ニュースだったんですね。
そりゃあもう大騒ぎだったでしょう。

コロンブスがこの年にアメリカへ到達したのも偶然じゃありません。
恐らくレコンキスタが片付いたからスペインの援助が出たんです。
イベリア半島最後のイスラム勢力、グラナダ王国がもうちょっと粘ってたら、そのぶん戦費がかさんでコロンブスへの出資はさらに延期、最悪中止になったかもしれない。
まさに歴史が変わってたよ。


そのレコンキスタとスペイン統一もまた別のネタで書くとして、
3大ニュースの後の二つはこんな感じになるかと。

2位 ロレンツォ・デ・メディチ死去

3位 アレクサンデル6世教皇就任


メディチ家は誰もが聞いたことのある14~18世紀に栄えた名家。
その一族の中でもロレンツォ・デ・メディチは白眉でした。
父親が亡くなったことにより、弱冠20歳で当主となると同時にフィレンツェ共和国の事実上の統治者に。このフィレンツェというか当時のイタリアはどこも大変。
だって、こんな状態ですから。

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痛っ、目が痛いわっ。
なんでそんなにバラバラなんだよ。(笑)
しかもこの小国たちが小競り合いしちゃってます。
その争いには神の代理人たる教皇まで参戦するというカオス。
本当はそんなことしてる場合じゃないんだよ。
だって、イタリアの周りはこんな状態ですから。

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大国に囲まれてるやないか!
スペイン、フランス、神聖ローマ帝国、みんなイタリアを狙ってる。
イタリアの都市国家群は小国だけどヴェネチアとかフィレンツェとか貿易や金融業でお金持ち。おまけにルネッサ~ンスで芸術も満開。地中海のど真ん中に突き出た半島で地理的にも美味しい。ついでにそこの小国同士がしのぎを削ってるときた。
そりゃあ周りの大国からしてみれば鴨ネギですわ。

そんな状況でフィレンツェの舵取りをまかされたロレンツォさん。
ライバルに騙し討ちされ自らは助かるも弟を殺されたり、教皇にフィレンツェごと破門されたりと絶対絶命に陥りますが、大どんでん返しで窮地を脱出。その後も卓越した外交・政治力を駆使しイタリア内外で絶妙のバランサーぶりを発揮。周辺大国にも睨みをきかせる。いつしか "ロレンツォ・イル・マニーフィコ [偉大なるロレンツォ]" と呼ばれるように。
しかし、そんな彼も痛風に苦しみ1492年に43歳の若さで死去。

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(アサシンクリードⅡでまた会おう)

フィレンツェのみならずイタリアの大黒柱みたいな存在だった。
だから彼の死は国内外で衝撃を与えたと思われます。
その証左の一つというか、目の上のたんこぶが消えたことによりフランスがイタリアへ侵攻して来たのは僅か2年後のことだった。
(ナポリ王の死が引き金だが、それでもロレンツォがいたら・・・)

ロレンツォには息子が3人いましたが、彼は上から順にこう評していました。
「愚か者」 「賢い」 「心優しい」
この評価が正しかったことも彼の死後に明らかになります。
長男ピエロは父の死の2年後、フランスがナポリを目指したときに判断を誤りメディチ家はフィレンツェを追われ銀行も破綻します。
次男ジョバンニは16歳の若さで枢機卿になり、1512年イタリアで宙に浮いていたスペイン軍をこれだと雇ってフィレンツェを攻めメディチ家復興。
さらに、その翌年には教皇にまで登りつめています。(レオ10世)
三男ジュリアーノは文化的な人で、フランスの王族の娘と結婚。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」を依頼したのが彼らしい。O_O
ちなみに、賢いジョバンニがフィレンツェに返り咲いた時、
その煽りを喰らった有名人がいるのですが、それは後述。


1492年ロレンツォさんと同じく教皇インノケンティウス8世死去。
そして新教皇に選ばれたのがアレクサンデル6世です。
当初はライバルのローヴェレ枢機卿が教皇選をリードしていたのですが、
アレクサンデル6世はそのコンクラーヴェで多数の枢機卿を買収。(ノ∀`)
見事に教皇の座をゲットしたのでした。
その買収劇は世に知れ渡ったそうなので教皇就任とセットで大きな話題になったことでしょう。そんなわけで3大ニュースの一つに。

それから、この人は自分自身もキャラ立ちまくりの大物なんですが、
その息子の方がさらに有名だったりします
え、聖職者に純潔が義務づけられるカトリックの頂点にいる教皇が、
どうして息子なんかを作れるのか、ですか?
・・・そういう時代だったんです。(笑)

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(金さえ払えば離婚させてやるぞ。ついでに免罪符も買わんか?)

清々しいほど金と欲にまみれたお人でしたよ。
でも、一応は教皇という立場なので子供たちは甥・姪(庶子)ということに。
もちろん愛人たちに産ませた実の子であることはみんな知ってます。(ノ∀`)
彼には全部で10人ぐらい子供がいたらしい・・・
そりゃジローラモさんも切れるわ。ちょい後にルターも宗教改革するわー。

しかし、その中から傑物が産まれてるってのがまた痛烈な皮肉。
現代でも映画やTVドラマ、小説などで世界的にお馴染みのその貴公子には古代ローマの英雄と同じ名前が与えられていました。

チェーザレ・ボルジア(Cesare Borgia)。

ラテン語でカエサル、英語でシーザー、仏語で "せめてお名前を・・・"。
ローマ史随一の英雄カエサルは稀有な統治者・指導者でしたが、
チェーザレもまた非凡なリーダーシップを持った英雄でした。
そんな彼は、バラバラに分裂し列強に狙われるイタリアに生を受け育った。
しかも父親は大きな権限を持つローマ教皇。
となると、英雄たる彼があの野望を抱かないはずがない。

そう、イタリア統一です。

父親が教皇となったその時、野望を燃やすチェーザレはまだ16歳だった。
その後の彼の活躍ぶりについてはいずれまた。(え
ただ、皆さん歴史の授業で教わったように、イタリア統一は1861年
チェーザレの野望が志半ばで潰えたことはご存じの通りです。
個人的には天下統一を目指し夢の途中で倒れた信長と被りました。
両者とも裏切りで破滅し、冷酷無比にもなれる強烈なリーダーだったから。

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(シ、シ、シ、シ、シスコンちゃうわっ!)

チェーザレの超リーダーっぷりに感銘を受けたのがマキャヴェッリ
有名な著書「君主論」の中でチェーザレを理想の君主として例説してます。
そのマキャヴェッリは、偉大なるロレンツォ亡き後のグダグダになったフィレンツェ共和国で1498年に政府の第二書記局長に就きました。教皇軍を率いて戦うチェーザレへの使者として彼とまみえるのは1502年のこと。
そこでチェーザレにインスパイアされたマキャヴェッリさん、
フィレンツェに戻って国民軍の設立を大プッシュ。
やっとこさ許可が下りて彼が創設した国民軍は、
1509年に悲願のピサ再占領を成し遂げたりしてます。
この人、官僚・文人としてだけでなく軍事・参謀としても活躍してたんだね。

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(フィレンツェ国民軍はワシが育てたっ)

しか~し、前述した偉大なるロレンツォさんの二男、賢いジョバンニが
1512年にソデリーニ政権を打倒してフィレンツェの支配者となると、
マキャヴェッリは失職、さらに翌年には冤罪で逮捕・拷問の追い打ち。(ノ∀`)
(メディチ家に対する暗殺・陰謀に加担したと疑われた)
でも翌月には転落の切っ掛けとなったジョバンニが教皇になり恩赦で釈放。
なんかフィレンツェ育ちの彼は、メディチ家に振り回されてる感じ。

その後は、山荘での不本意な生活が続きます。
だけど君主論はこの隠遁時代に書かれたものだったり。
しかも、フィレンツェのメディチ家に献上するために書いてる。
メディチ家もそれにこたえ1520年には「フィレンツェ史」の執筆を彼に依頼。
両者の関係は改善されたようだ。ほんと良かった。
ところが・・・・・・
1527年に神聖ローマ皇帝カール5世の軍勢がローマ略奪、メディチ家はまたフィレンツェから追放。そしてその政権下にいたマキャヴェッリさんも・・・
とことんメディチ家に振り回された生涯でした。(つД`)
ま、でも彼はそれで本望だったのかも。
君主論 (まんがで読破)君主論 (まんがで読破)
(これ君主論ちがうw マキャヴェッリ伝記だよ。だがそれがイイ)


1492年の3大ニュースを通じて、当時の時代背景を少しだけ語ってみましたが如何だったでしょうか? (かなり適当ではありますが・・・)

サンタマリア号のコロンブスが西インド諸島に辿り着き、
スペインでイスラム勢力を追い払うレコンキスタが完了し、
イタリアの柱でバランサーだったロレンツォ・デ・メディチが死に、
世俗にまみれたアレクサンデル6世が教皇に就任した1492年。
この年を境にイタリアを巡る闘争・陰謀は加速していく・・・
恐らくここが中世の終わりの始まりです。

ほんのちょっぴりでもこの時代に興味を持ってくれたら嬉しい。
そして、なかなか面白そうだなと思ってくれた人は是非これを。
惣領冬実先生の『チェーザレ 破壊の創造者』です。



資料の読み込み、それらを理解したうえでの再解釈、史実に忠実な描き込み、
キャラ多数の群像劇とエンタメを両立させるバランス感覚などなど、
これは本当にとてつもない作品だと思う。
今でも十分に人気があるけど、もっと多くの人に読んでほしい。
そして、その勢いでアニメ化まで行ってほしい。(^_^;
(作画がかなり困難なのは承知のうえで)

「チェーザレ」は、歴史漫画として完成度が異常に高い。
だが、その完成度の高さが逆に災いしてる部分もあると思うのです。O_O
歴史物を忠実に描こうとすると、当時の事情を詳しく盛り込まなければならない。
人物、勢力、社会、宗教、文化などなどにそれらの相関関係。
すると、どうしても物語は複雑になる。

つまり読み手にも理解力が求められるのだ。

ある程度の注意を払いながら読まないと、今どういう状況なんだっけ?
なんてことにもなりかねない。
ただ、人間てのは興味のないものに集中力を持続するのは難しい。
その逆もまた然り。
そんな訳で、つらつらとイタリアピンチの巻を書いてみたんだ。
チェーザレ・ボルジアとその時代に興味を持ってくれたら良いなぁと思って。

頭カラッポで楽しめる漫画や絵買いしてる漫画もある。
だけど、管理人はやっぱり歴史漫画が一番好きだ
ヒストリエ、ヴィンランドサガ、キングダム、セスタス、ナポレオン、etc
気づいたら楽しみにしてる漫画は歴史物ばかり。
だから、これからも古代・中世・近世あたりの話をガンガン挿入して行き、
歴史漫画ファン養成ブログと化しますので悪しからず。(;^ω^)ホンキカ?
そして歴史漫画ファンが歴史漫画家になってくれたら・・・
だって意外と歴史漫画って少ないんだもん。良作・傑作は特に。
チェーザレ 破壊の創造者(1) (KCデラックス)チェーザレ 破壊の創造者(1)
(2014年3月現在1~10巻刊行。とにかく完結はして欲しい)


さて、ぼちぼち本題へ行きます。
上述のロレンツォ・デ・メディチとアレクサンデル6世。
島耕作と亀仙人ぐらいの差がある二人ですが、共通点もあります。
彼らはどちらも芸術家たちを保護していました。
いわゆるパトロンってやつですね。
そしてこの二人が共に援助していたある一人の天才芸術家が、

ミケランジェロ・ブオナローティです。

レオナルドさんと同じく説明がいらないほどの偉人。
システィーナ礼拝堂の『最後の審判』はあまりにも有名ですが、
彼にその絵を依頼したのがローマ教皇クレメンス7世。
本名はジュリオ・デ・メディチ。
偉大なるロレンツォさんの甥になります。(謀殺された弟の遺児)
マキャヴェッリさんに「フィレンツェ史」を依頼した人ですよ。
ローマ略奪で散々な目に遭った教皇でもありますね。
イングランド王ヘンリー8世との大喧嘩についてはいつか触れます。

話を戻して、ミケランジェロは本物のマルチタレントでしたが、
やっぱり彫刻ではないかと。
その作品群の中でも、たぶん一番有名な代表作が『ダヴィデ像』。

Reconquista1403_03.jpg

この彫刻は誰もが一度は目にしたことがありますよね。
さあ、ここで男性陣に質問です。
この像を見て思いませんでしたか?

「外国人て意外と小さい。しかも包茎・・・ゴクリ」

いやいやいやいやいや、絶対そう思ったはずだ。(^_^;
このダビデ像に限らず、向こうの美術品の多くがなんていうかその、
いわゆる短小包茎になってますよね。
それらを見て密かに自信を持ったのは管理人だけじゃないはず。(笑)

子供の頃から本当に不思議だったんだ。
そんな訳で好奇心に負けてこのネタを取り上げてみることに。
では、いろいろ覚悟完了した人から続きをどうぞ。

(ネタのテーマ上、下品になることを先に警告しておきます。^^)


69ing_midgetsinAspen  トピ主
TIL that in Ancient Greece, small penises were desirable, and big ones were for 'old men and barbarians'
今日知ったこと: 古代ギリシャでは短小ペ☆スが価値あるものとされ、巨根は老人・野蛮人と見做されていた。
22 日前の投稿

Small Penises Used to Be Worshipped!
Behold, Your Art History Lesson of the Day

かつて短小は崇拝されていた!
その時代の美術教訓を括目して見よ!


ミケランジェロの「ダビデ像」は男の標準装備が貧弱だと思ったことはないか?
(ああ、お前の装備は凄いよ。ほんと分かってるから。ま、気にすんな) 
実はこれ、単なる偶然とかじゃないんだ。

美術の歴史の大半において、大きなペ☆スは醜いとされてたんだよ。
(サテュロスやグロい老人といった豊穣の神々が深く関係してる)
いやマジな話なんだこれは。
ちなみに、割礼されたモノも "実に気持ち悪い" とされていた。

この完璧な男のイメージの原型は古代ギリシャにある。

>理想のペ☆スとは、小さく細く、長い包皮で覆われたものである・・・
>未成熟な男性のおティンティンは特に称賛された。
>そのことから、古典芸術では単に小さいだけでなく陰毛が
>少ないことにも説明がつくのではないだろうか。
>(古代ギリシャの作家)アリストファネスの一文が、
>最も望ましい男性的特徴をまとめている。
>「キラリと光るツルピカな胸、白い肌、幅広の肩、短い舌、
>たくましい尻、そして小さなおティンティン」

俺の頬の火照りが静まるまで少し待ってくれないか・・・

・・・そして、この短小崇拝はルネサンスで再び世に出現したんだ。
(ありがとうミケランジェロ! お前って超イイ奴!)
実際、ルネサンス期の美術品の多くが、イチジクの葉で十分に隠せて
しまうぐらい小さなペ☆スになってる。スバラシイ!



Side_Showbob92
生まれる時代を完全に俺は間違えた。orz


maxpowerpie
へっ、俺は古代ギリシャに生まれなくて良かったぜ。
嫌われ者になっちまったろうからな。
そうだろ兄弟? ハハ・・・ハハハ・・・・・・

   Catch22af
   お前が嫌われるのは巨根じゃなく虚言のせいだけどな。


jpjones7
Reconquista1403_20.jpg


elchip
ちょっくら古代ギリシャに引っ越してくる。
そこでなら俺はきっと馴染めると思うんだ・・・


Valasco477
俺が受けた美術の講義では、教授がかなり異なる見解を持ってたな。
ペ☆スが小さいことは、崇拝の対象になるということではなく、
アスリートだということを示すことになるとね。

彫刻でアクションを表現するのは困難だ。
汗にまみれてるように見せることだって難しい。
そうなると、どうやったら運動してるように見せられると思う?

人間がランニングなどの有酸素運動をする時、
男性のイチモツは邪魔にならないように縮むんだよ。
古代ギリシャの競技会では選手が全裸で競ったという。
故に、当時の人々は小さなペ☆スでそういうことだなと察したようだ。

   Pacificrimjob2
   いわゆるスポーツモードに変形した状態ってことか。


leather_interior
俺は完璧な男の直系子孫だったんだよ!
分かっちゃいたけどやっぱりそうだったか!


cfox109
ついにこの疑問に対する答えを得ることができたっ!
高校生の時に歴史の先生に訊いたんだ。
なぜ彫刻のペ☆スはどれも小さいんですかってね。
だけど、彼は俺の質問に答えることはできなかったよ。


ughalready
古代ギリシャでは短小たちのプロパガンダが成功しただけのことさ。


XerxeslikesMelons
古代ギリシャの女性たちが短小崇拝したことにビックリだわ。


Prebenutsug
古代ギリシャのセールスマン:
「この薬を飲めばあら不思議、あなたのペ☆スも見事な短小に!」


high_coo
ギリシャ 神話のように 小さい ペ☆ス そなえて オゥイェ~
聖闘士星矢コンプリート・ソング・コレクション


soparamens
ヘイ! 俺を野蛮人扱いするのは止めろ。
このギリシャの少年愛オヤジ共め!


Axelfbomber
古代ギリシャにおいて、ペ☆スのサイズの概念とは、

社会的ステータスのことだったんだ。

社会と神話の重要な部分を占めるのがセッ☆スであったため、
ペ☆スのサイズは概して野蛮な文化にも結び付けられた。

だから老人であるということは、別にペ☆スの大小とは関係ないよ。
知識人・文化人になりたい場合に彼らは小さなペニスを欲したはずだ。
年齢なんてまったく無関係なんだね。

お尻でのエッチのことに言及してる人もいるけど、
古代ギリシャではホモセク☆ャルな行為が非常に一般的で奨励されてもいた。
軍事行動中の兵士間での "身体的交流" が、ファイティングスピリットと仲間の為に戦うという思いを育てると考えられていたんだ。
少年がその意味で年長の戦士に見習いとして付くことも当たり前だった。
(少年が一人前の市民と見做される18歳まで)

そういう訳で、陶器、彫刻、絵画では、知性と見識を示すためにとても小さなペニスがついたギリシャ人が登場するんだ。

ギリシャ神話では、レ☆プが頻繁に行われているので、
大きなペ☆スは野蛮ということに繋がっている。
ケンタウロスと他のクリーチャー達は、
しこたま飲んでは理性を飛ばし女性を襲うことがよくあった。
彼らは野蛮で直ぐに欲情に走ると認識されているからその肖像では大きなペ☆スをそなえた姿になってるよ。

上述の人々が暮らした当時のギリシャには、様々な哲学があった。
禁欲主義、快楽主義、懐疑主義・・・
そして、タブーとされる欲望に通じている快楽主義は、
人々からしばしば見下されていたんだ。


短小はステータスだ! 希少価値だ!
来たッ! いや、来てたッ! 俺たちのターンがっ!!(マテ
2x00年ぐらい前と中世後期に・・・・・・orz

何はともあれ、古代ギリシャ人が優れた思想の持ち主だったことが図らずもまた再認識されたってことですよね。(^_^;
ほんと、さすがソクラテスさんですわ。
間違いなく彼も短小クラブの一員だったことでしょう。
クサンティッペが悪妻だったのも納得。(マテ
弟子のプラトンやアリストテレスもきっと・・・

ともかく、かつてこの世界には短小包茎が勝ち組の時代があったんだ。
それだけでも胸が熱くなるじゃありませんか。
あ、でも少年愛のほうはノーサンキューかな。
戦場で軍団レベルのアッーとか想像するとちょっと怖い。
ちなみにプラトンさんの名を冠した「プラトニック・ラブ」は本来、
男女間の清い交際ではなく、この少年愛に関する言葉でした。
外見ではなく心の美しい少年を愛しなさい。
肉体的によりも精神的に愛しなさい。
そんな感じの意味だったそうな。


さて、ここまでの情報を踏まえながら再びダビデ像に注目してみましょう。

Reconquista1403_30.jpg

このダビデ像には謎と言いたくなる特徴が2つあります。

1. 両目とも瞳がハート形に彫られている。

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ルネサンス期の他の彫刻、当のミケランジェロの作品の中でもハート形の目をしてるのはこのダビデ像だけだとか。
それ自体はかなり有名な話です。
なのに、どうしてハート型なのかは定説みたいなのが見当たらなかった。

この像が作られた1501~1504年頃、ハート形にいわゆるハートマークの意味(心臓や愛情)があったかどうか疑わしい・・・かな?
ともかく、そういう意図ではないと思う。

「どの角度からでも瞳が黒く見えるように」

なるほど、と思える説はこれぐらいでしたよ。
だけど、いまいち納得できないんだよなぁ。^^;
少年ダビデが睨みつけている相手はペリシテ人の巨人兵士ゴリアテです。
つまり彼の瞳に映っているのはゴリアテになる。
このゴリアテは身長が2.9メートルもあったとか。
恐らく1.5m程度の少年がまっすぐ見つめる先にあったのは、股間・・・ゴクリ


冗談はさておき、ダビデ像2つ目の特徴にいきます。

2. 割礼されていないおティンティン

Reconquista1403_000.jpg

駄目だ。今回はどうしても下ネタに行く流れになってる。(ノ∀`)
いやでもこれ、割と物議をかもした話題みたいですよ。
なぜこれが問題なのかを説明しますね。

ダビデはイスラエル王国の三代目の王(紀元前1000~962)です。
イスラエル王国ですからもちろんユダヤ人
ユダヤ教では、男子が生まれたら8日後に割礼をせよ、となってる。
(割礼とは、おティンティンの先の皮を切除すること)
要は、ユダヤ人で後に王にまでなる少年ダビデが割礼してないとは何事か!
そう突っ込む人たちがいるってことですね。

ダビデの時代(およそ3000年前)はまだ割礼をやってなかった?
ネットではそういう意見も見られましたが、これは違います。
旧約聖書の中でダビデ自身がこんなセリフを言ってるのです。

「生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は一体何者か」

これは前述の巨人ゴリアテのことを指した言葉です。
割礼なき者 = 神なき異教徒、そういう侮蔑が込められてる。
ここまで言うのだから、彼自身は割礼した者だったのでしょう。

それはミケランジェロも分かっていたはずです。
だが、あえて彼は少年ダビデを割礼なき者にした。
これには、短小包茎こそ至高とし、割礼を忌み嫌った古代ギリシャの美意識をミケランジェロも取り入れたとしか思えない。
なにしろ世はルネサンスですから。
(古代ギリシャ・ローマの文化を復興しようとする文化運動)

実は、ミケランジェロより約60年前にダビデ像を彫ったドナテッロも
やはり短小包茎にしていて、さらにツンツルの無毛状態という拘りよう。

Reconquista1403_35.jpg

このドナテッロのダビデ像は、ミケランジェロだけでなく他の芸術家にも大きな影響を与えたそうな。
言い忘れてましたが、ドナテッロもフィレンツェ共和国の人。
そしてやっぱりメディチ家の援助を受けてました。
偉大なるロレンツォさんの祖父コジモ・デ・メディチから特に。
もちろんこのダビデ像は、そのメディチ家からの依頼です。


ミケランジェロのダビデ像は、フィレンツェのシニョリーア広場に面した市庁舎(ヴェッキオ宮殿)の正面入口脇に置かれました。

Reconquista1403_011.jpg
(現在置かれてるのはレプリカ)

この記事の冒頭で書いたように小国フィレンツェは大国に囲まれてます。
巨人ゴリアテに立ち向かう小さなダビデは、列強の脅威にも引かないというフィレンツェの象徴であり、決意の表れだったようです。
しかし、市庁舎の前に設置されたダビデが睨みつける先にあるもの・・・

それはローマだった。

一番の外敵は教皇庁。
そういうことだったんだろうか?
漫画「チェーザレ」ではこの点をどう解釈されるのか楽しみです。


さて、ぼちぼち締めようかと思います。
と言っても今回はまとめるほどの内容が無いんだ。
ぶっちゃけ、「短小はステータス」言いたかっただけです。(笑)
それによって救われる魂があるんじゃないだろうかと。
そんな訳なので、ダビデ像にパンツを穿かせるのは止めて下さい。>島根
古代ギリシャ人の叡智はもっと広められるべきなんだ。^^

みんな!オラに力をわけてくれ!!
genkidama150.jpg


少女漫画と侮ることなかれ。
アルカサルはマジで傑作ですから!

舞台は14世紀のスペイン。レコンキスタの1世紀前です。
イベリア半島では、カスティーリャ、ポルトガル、アラゴン、ナバーラ、そしてまだ踏ん張ってるイスラムのグラナダがひしめいてる。
カスティーリャのペドロ1世を中心にそれらの国々を巻き込んだ物語がサクサクと展開していくんでページをめくる手が止まらないよ。
歴史好きはもちろん万人に自信を持ってオススメしたい作品。

川原泉先生もチェーザレを題材にしてたり。
この文庫本は2年サイクルで読み返してるよ。
漫画ではなくドラマ派の人はハリウッド版を。
イタリアといえば塩野七生さんは外せません。ローマシリーズの漫画化モトム

アルカサルー王城ー 1 (秋田文庫 20-27) バビロンまで何マイル? (白泉社文庫) ボルジア家 愛と欲望の教皇一族 ファースト・シーズン【4枚組】  [DVD] チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)
◆ アルカサルー王城ー 1 (秋田文庫)
◆ バビロンまで何マイル? (白泉社文庫)
◆ ボルジア家 愛と欲望の教皇一族 ファースト・シーズン【4枚組】[DVD]
◆ チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)
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