ビッグ3の中で「サントリー」(当時の寿屋)は、他の2社と比べ独自の展開をしていった様子だ。「ニッカ」と「オーシャン」が消費者の高級志向を先取りする形で、自社製グレーン・ウィスキー製造に着手したのとは対照的に、「サントリー」はパブリシティ活動に力を注ぐ。もちろん、ここでも同社の卓抜した広告戦略は見事にその力を発揮する。彼らはウィスキーと文化を結びつけた。「サントリー」のパブリシティ活動の華々しい成功例は枚挙にいとまがない。「サントリー」には到底及ばないにしろ、「三楽オーシャン」にもそこそこ健闘した活動はあった。「オーシャン」がそこそこ健闘できた部分についてのみ言及させていただこう。
「トリス・バー」をご存知だろうか?今やほとんど見かけることはなくなったが、トリスのハイボールを主軸商品とするサラリーマン向けの安酒場である。現在のサントリーは、「グラスを傾けながら民主主義を語り、文学・芸術を語り、人生・恋愛を語る舞台であり、新しいライフスタイルを象徴する場でもありました」と「トリス・バー」を説明している。
その始まりは1955年頃とされている。1950年に「サントリー・オールド」、1960年には「サントリー・ローヤル」と同社は「その次の品質」を持った商品を提案していくが、その頃の「サントリー」にとって「トリス」はまさに主軸商品であった。
洋酒メーカーにとって、我々のような飲食店業態は一種のショールームである。自動車メーカーが、それ自体では利益を生まないショールームを持っているのとは、その構造が違う。バーの棚に自社商品が並ぶことを目指して、メーカーの担当営業は飲食店へと足を運ぶのだ。かつて、その創成期に「イチローズ・モルト」の肥土伊知郎が、鞄にそのサンプルを詰めてバーを廻ったように。
その最盛期、サントリー直営の「トリス・バー」は全国に3万5千店舗の拡がりを見せたという。特定メーカーの直営店である以上、そのメーカーの酒しか扱うことを許されないが、その店舗自体が収益を生み出している。「サントリー」は恐ろしく低コストで全国に3万5千のショールーム網を持つことに成功するのである。
「トリス・バー」には酒以外にもちょっとした愉しみがあった。まさに、その辺りが「サントリー」の広告手腕の卓越した点であろう。全国に拡がりをみせた「トリス・バー」に「洋酒天国」という広報誌を配布する。当時の世相を反映したユーモアとエロスが売りの「洋酒天国」は、それ自体が訴求力を持って来店者に支持された。ちなみに、初代編集長は開高健氏、二代目編集長は山口瞳氏である。
一方の「オーシャン」も負けてはいられない。今となっては、その知名度も「トリス・バー」よりもさらに低いと思うが、彼らもまた全国に「オーシャン・バー」を展開したのだ。その数は5千店。良く頑張った。とは、思う。
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