「絶望」から「希望」を信じた男がいた。
慶国に新王が登極した。即位の礼で行われる「大射(たいしゃ)」とは、
鳥に見立てた陶製の的を射る儀式。
陶工である丕緒(ひしょ)は、国の理想を表す任の重さに苦慮する。
希望を託した「鳥」は、果たして大空に羽ばたくのだろうか──
表題作「丕緒の鳥」ほか、己の役割を全うすべく走り煩悶する、
名も無き男たちの清廉なる生き様を描く短編4編を収録。
12国記シリーズの読者は皆待っていただろう新作。
しかし、「黄昏の岸 暁の天」の続編ではなく、短編集となっている。
急いで流し読んだ、表題作の「丕緒(ひしょ)の鳥」のみ感想を。
絵であれ、詩であれ、工業製品であれ、作品を作り出すということは、
自分の魂をその作品に吹き込んで、形を与えるということだと思う。
それが褒められれば、己自身を褒められたように嬉しいし、けなされれば腹が立つ。
これは誰でも一緒だろう。
ただ、その作品に、「ある特定のメッセージ」というものを込めたとして、
それを正確に読み取れるか?ということになれば、「人による」としか言いようがない。
「○○という部分に感動した!」と言われたその部分が、
作者にとって核心部分に程遠い、どうでもいいような部分であった場合、
素直に喜べるかは微妙だし、逆に「この部分は到底容認できない」と評価された部分が、
作った本人にとってどうでもいい部分だったということもあるだろう。
この作品を読んだ後、小野不由実先生は何度も作家を廃業しようと苦しんだのだろうと、
いたたまれない気持ちになった。
自分の作品の伝えたい部分が伝わらない。
意図していない部分を取り上げられ、悪し様に罵られる。
あるいは意図したものが伝わったが、そのメッセージが気に入らない…
作中の丕緒(ひしょ)の苦悩はそのまま、作者本人の苦悩のように思えてならない。
その結果がこのシリーズの長い空白期間であるとするならば、
読者というものは励みになる存在だが、一方では実に罪作りな存在といっていいだろう。
それでも、たった一人に完全に理解されたなら。
作り手として、これ程嬉しいことはない。
いざ、作品を作ろうとした丕緒(ひしょ)が、自分の中に作りたい「何か」を見出せず、
その中でいなくなった同僚の想いに考えを巡らし、彼女の作りたかったものを作る。
結果、儀式は大成功し、伝えたい想いも届いた。
丕緒(ひしょ)はこれで思い残すことはない、と職を辞することを思い巡らすが、
「また見たい」という言葉に頭の中に新たなイメージを描き、
その仕事を続けることを心に決める。
作者自身の心も、同様であればいいと願わずにはいられない。

慶国に新王が登極した。即位の礼で行われる「大射(たいしゃ)」とは、
鳥に見立てた陶製の的を射る儀式。
陶工である丕緒(ひしょ)は、国の理想を表す任の重さに苦慮する。
希望を託した「鳥」は、果たして大空に羽ばたくのだろうか──
表題作「丕緒の鳥」ほか、己の役割を全うすべく走り煩悶する、
名も無き男たちの清廉なる生き様を描く短編4編を収録。
12国記シリーズの読者は皆待っていただろう新作。
しかし、「黄昏の岸 暁の天」の続編ではなく、短編集となっている。
急いで流し読んだ、表題作の「丕緒(ひしょ)の鳥」のみ感想を。
絵であれ、詩であれ、工業製品であれ、作品を作り出すということは、
自分の魂をその作品に吹き込んで、形を与えるということだと思う。
それが褒められれば、己自身を褒められたように嬉しいし、けなされれば腹が立つ。
これは誰でも一緒だろう。
ただ、その作品に、「ある特定のメッセージ」というものを込めたとして、
それを正確に読み取れるか?ということになれば、「人による」としか言いようがない。
「○○という部分に感動した!」と言われたその部分が、
作者にとって核心部分に程遠い、どうでもいいような部分であった場合、
素直に喜べるかは微妙だし、逆に「この部分は到底容認できない」と評価された部分が、
作った本人にとってどうでもいい部分だったということもあるだろう。
この作品を読んだ後、小野不由実先生は何度も作家を廃業しようと苦しんだのだろうと、
いたたまれない気持ちになった。
自分の作品の伝えたい部分が伝わらない。
意図していない部分を取り上げられ、悪し様に罵られる。
あるいは意図したものが伝わったが、そのメッセージが気に入らない…
作中の丕緒(ひしょ)の苦悩はそのまま、作者本人の苦悩のように思えてならない。
その結果がこのシリーズの長い空白期間であるとするならば、
読者というものは励みになる存在だが、一方では実に罪作りな存在といっていいだろう。
それでも、たった一人に完全に理解されたなら。
作り手として、これ程嬉しいことはない。
いざ、作品を作ろうとした丕緒(ひしょ)が、自分の中に作りたい「何か」を見出せず、
その中でいなくなった同僚の想いに考えを巡らし、彼女の作りたかったものを作る。
結果、儀式は大成功し、伝えたい想いも届いた。
丕緒(ひしょ)はこれで思い残すことはない、と職を辞することを思い巡らすが、
「また見たい」という言葉に頭の中に新たなイメージを描き、
その仕事を続けることを心に決める。
作者自身の心も、同様であればいいと願わずにはいられない。